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Event / できごと

横浜毎日新聞の創刊

Yokohama Mainichi Shimbun
AD1871年1月28日
重要度 3
ロシア帝国大英帝国清スペイン帝国ラタナコーシン朝(シャム)ビルマ日本安南朝鮮王朝フィリピンカンボジアAD1871年1月28日横浜
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概要

1871年1月28日(明治3年12月8日)、横浜で、日本語で書かれた初めての日刊の新聞『横浜毎日新聞』が創刊された。それまでも幕末の外国人の新聞や、翻訳の新聞はあったが、毎日出る日本語の新聞はこれが初めてだった。和紙ではなく洋紙に、木版ではなく鉛の活字で刷った。開港の町の商人たちのために、船の出入りや物の値段を載せた。数年のうちに東京でも日刊紙が次々に生まれ、新聞は、政府を論じ、民権を唱える場になっていく。

場所

横浜
35.44°N 139.64°E · 日本・神奈川県

本文

幕末の開港地には、外国人が自分たちのための英字の新聞を出していた。幕府の洋学者たちは、外国の新聞を翻訳して「官板バタヒヤ新聞」などとして刷った。しかし、それらは不定期で、読む人も限られていた。日本の町の人々が情報を得るのは、瓦版や、人づての噂や、立て札だった。

1871年1月28日(明治3年12月8日)、神奈川県令の井関盛艮の後押しで、横浜の商人たちが『横浜毎日新聞』を創刊した。日本語で書かれた、毎日出る初めての新聞である。紙は和紙ではなく洋紙を使い、鉛の活字で刷った。長崎で活字の鋳造を始めた本木昌造の弟子たちの技術が、ここに生きている。紙面は、港に出入りする船、生糸や茶の値段、外国の事情を伝え、開港の町の商いに役立てるものだった。

続いて東京で、1872年に『東京日日新聞』(いまの毎日新聞の源流の一つ)と『郵便報知新聞』が創刊され、新聞は政治を論じるものになっていく。自由民権運動が起きると、新聞は政府を批判する論陣を張り、政府は讒謗律と新聞紙条例でこれを取り締まった。一方で、振り仮名を付けて、町の出来事や色恋の話を載せる「小新聞」も現れ、字を覚えたばかりの人々に読まれた。

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