概要
アタカマ砂漠には、肥料と火薬の原料になる硝石が眠っていた。採掘していたのはチリとイギリスの資本の会社で、土地はボリビアとペルーのものだった。ボリビアが会社に新しい税をかけると、1879年、チリ軍が港町アントファガスタを占領し、戦争になる。チリは海でも陸でも勝ち、ペルーの首都リマまで占領した。ボリビアは海への出口を失い、いまも内陸国である。ボリビアでは、失った海を取り戻す日を毎年記念している。
場所
アントファガスタ
-23.65°N -70.40°E · チリ・アントファガスタ州
-23.65°N -70.40°E · チリ・アントファガスタ州
本文
砂漠の硝石。
アタカマ砂漠には、肥料と火薬の原料になる硝石が眠っていた。
(1)採掘していたのは、チリとイギリスの資本の会社だった。
(2)そして、土地はボリビアとペルーのものだった。
1879年。
ボリビアが、会社に新しい税をかけた。
(1)チリ軍が港町アントファガスタを占領し、戦争になった。
(2)そして、チリは海でも陸でも勝ち、ペルーの首都リマまで占領した。
残ること。
ボリビアは、海への出口を失った。
(1)いまも内陸国である。
(2)そして、毎年、失った海を取り戻す日を記念している。
(3)さらに、硝石の富は、のちに化学で肥料を作る方法が生まれて消えた。