製氷機
概要
液体が気化するとき、周りから熱を奪う。フェルディナン・カレは、アンモニアを水に溶かし、加熱して追い出し、冷やして凝縮させ、また蒸発させる装置を作った。動力に機械ではなく熱を使う吸収式である。氷を、いつでも、どこでも作れるようになった。南北戦争で北部に氷を止められた南部が、これを輸入している。以後、天然氷の交易は縮み、二十世紀初頭に消えた。冷やすことが、天候と地理から切り離された。
場所
48.86°N 2.35°E · フランス
本文
濡れた腕に風が当たると冷たい。アルコールを塗るともっと冷たい。液体が蒸発して気体になるとき、周りから熱を奪うからである。この気化熱を、閉じた管の中で何度も繰り返し使えば、物を冷やし続けることができる。液体を蒸発させて熱を奪い、その気体を集めて圧力をかけ、冷やして液体に戻し、奪った熱を外へ捨てる。そしてまた蒸発させる。理屈は18世紀から分かっていた。
最初に人工の氷を作ったのは、スコットランドの医学者ウィリアム・カレンだとされる。1750年代、彼はガラスの容器の中の空気を抜き、エーテルを蒸発させて、わずかな氷を作ってみせた。だがそれは実験室の見せ物で、使いものにはならなかった。1805年にはアメリカのオリヴァー・エヴァンズが閉じた管で冷やす機械を構想し、1834年には、ロンドンにいたアメリカ人ジェイコブ・パーキンスが、エーテルを圧縮しては蒸発させる機械の特許を取り、実際に動かした。しかし事業にはならなかった。フロリダの医師ジョン・ゴリーは、黄熱病やマラリアの患者の病室を冷やそうと、空気を圧縮して膨らませる方式の製氷機を作り、1851年に特許を得たが、資金が続かず、失意のうちに死んだ。

当時、氷は自然から切り出すものだった。冬のニューイングランドの湖から切り出した氷を、おがくずに包んで船でカリブ海やインドまで運ぶ商売が栄えていた(天然氷の交易)。人工の氷は、この安い天然の氷と競わなければならなかった。
フランスの技術者フェルディナン・カレ(1824〜1900年)は、別の道を取った。彼が1850年代の終わりに完成させた装置は、気体を押し縮める圧縮機を使わず、熱を使う吸収式である。アンモニアは水によく溶ける。その水溶液を火で熱すると、アンモニアだけが気体になって追い出される。その気体を冷やすと、圧力のかかった液体のアンモニアになる。これを蒸発させると、周りから大量の熱を奪って冷える。蒸発したアンモニアは再び水に溶かし込まれ、また熱で追い出される。圧縮機の役目を、「水に溶かしては熱で追い出す」という働きが肩代わりしているのである。
この方式には利点があった。動く部品が少なく、壊れにくい。動力として要るのは熱だけで、石炭でも薪でも火があればよい。カレは特許を取り、1862年のロンドン万国博覧会に装置を出して、目の前で氷の塊を作り出し、人々を驚かせた。火にかけて温めたあと水で冷ますと、中で少量の氷ができる、家庭向けの小型の装置も作られた。
最初の大きな市場を作ったのは戦争だった。1861年に南北戦争が始まると、北部の海軍が南部の港を封鎖し、南部の都市は北部の湖から運ばれていた氷を買えなくなった。病院では熱病の患者を冷やす氷が要り、食べ物の保存にも欠かせない。南部の人々は、封鎖をくぐり抜けて、フランスからカレの装置を運び込んだ。テキサスのサンアントニオやジョージアのオーガスタ、ニューオーリンズで、製氷の工場が動き始めたと伝えられる。

19世紀の後半になると、主流は再び圧縮式に戻った。1870年代、ドイツの技術者カール・フォン・リンデが、アンモニアを使った効率のよい圧縮式の冷凍機を作り、最初の大口の客はビールの醸造所だった。低い温度で発酵させるラガービールは、それまで冬に仕込み、洞窟や地下の氷室で寝かせていた。冷凍機があれば、一年じゅう造れる。続いて冷蔵の倉庫、食肉の処理場、そして冷蔵船が生まれ、アルゼンチンやオーストラリアやニュージーランドの牛肉や羊肉が、赤道を越えてヨーロッパの食卓に届くようになった。天然の氷の交易は縮み、20世紀の初めには消えていった。冷やすことが、天候と土地から切り離されたのである。
カレの吸収式は、その後も別の場所で生き続けた。電気の来ない土地でも、灯油やガスの火があれば冷やせる。20世紀には、灯油で動く吸収式の冷蔵庫が、電気の通っていない村の診療所でワクチンを保つために使われた。いまもキャンピングカーやホテルの客室の静かな冷蔵庫に、同じ原理が使われている。
ただ、冷やすための液体には悩みがあった。アンモニアは効率がよいが、毒がある。二酸化硫黄も塩化メチルも毒で、エーテルやプロパンは燃える。大きな工場や倉庫なら管理できても、家庭の台所に置くとなると話が違う。1920年代のアメリカでは、家庭用の冷蔵庫から漏れた冷媒で人が死ぬ事故が報じられた。安全な冷媒を求める動きが、やがて新しい化学物質を生むことになる(フロンの発明)。