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Event / できごと

鍵をかけられた枢機卿

Papal election of 1268–1271
AD1271年9月1日
重要度 3
モンゴル帝国フィン・ウゴル系タイガの狩猟採集民トゥアレグの遊牧諸部族西遼(カラ・キタイ)クマン(キプチャク)ベルベル諸部族ブワイフ朝マムルーク朝ファーティマ朝サーミ神聖ローマ帝国そのほかのルーシ諸公国ノルウェーイファト王国ヴォルガ・ブルガールムワッヒド朝マリ帝国ノヴゴロド公国マクリアウラジーミル・スーズダリ公国ポーランド王国フランス王国スウェーデンブルガール可汗国東ローマ帝国アンジュー帝国ハンガリー王国ガーリチ=ヴォルィーニ公国ハドラマウトイエメンガーナアルメニアケルト系の諸王国キーウ公国IbaditesComté de Toulouseリトアニア大公国デンマークLeónブルゴーニュポルトガルスコットランドジョージアヴェネツィア共和国Dutchy of BeneventoAD1271年9月1日ヴィテルボ
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1271年9月1日の版図を描いています(45勢力)

概要

1268年に教皇が死ぬと、ヴィテルボに集まった枢機卿たちは、フランス寄りとイタリア寄りに割れて決められなかった。一年たち、二年たっても決まらない。町の人々と役人は、枢機卿たちを館に閉じ込め、食べ物をパンと水に減らし、屋根まで剥がしたと伝えられる。空位はほぼ三年に及び、ようやく選ばれたグレゴリウス十世は、自ら規則を作った。枢機卿を鍵のかかる部屋に閉じ込め、決まらなければ日を追って食事を減らす。「鍵とともに」を意味するコンクラーヴェの名は、ここから来ている。決められない者たちから、ほかの選択肢を取り上げる仕組みである。

場所

ヴィテルボ
42.42°N 12.10°E · イタリア・ラツィオ州

本文

**決まらない**。

(——**1268年11月**、**教皇クレメンス四世**が、**ヴィテルボ**で、**死んだ**。

〈**——**ヴィテルボ**は、**ローマの北**の、**町**である**。

**——**このころ、**教皇**は、**ローマ**に、**落ち着いていられない**ことが、**多かった**。〉

**——**枢機卿たち**が、**集まった**。

〈**——**十数人**。

**——**三分の二**の、**票が、**要る**。〉

**——**割れた**。

〈**(1)**フランス**の王家**に、**近い者**。

**〈——ナポリとシチリア**は、**フランス王の弟**が、**取ったばかり**である。〉**

**(2)**そして、**イタリア**の側**に、**立つ者**。

**(3)さらに、**どちらも、**三分の二**に、**届かない**。〉

**——**一年**、**経った**。

〈**——**二年**、**経った**。〉)

**閉じ込める**。

(——**町の人々**が、**しびれを切らした**。

〈**——**教皇がいなければ、**教会の人事**も、**裁き**も、**止まる**。

**——**そして、**枢機卿たち**の、**滞在の費用**は、**町の持ち**である**。〉

**——**伝えられていること**。

〈**(1)**枢機卿たち**を、**司教の館**に、**閉じ込めた**。

**(2)**そして、**鍵を、**かけた**。

**(3)さらに、**差し入れ**を、**パンと水**に、**減らした**。

**(4)そして、**館の屋根**を、**剥がした**。

**〈——雨風**に、**さらせば、**早く、**決めるだろう**、**と**。〉〉**

**——**どこまでが、**本当か**は、**分からない**ところが、**ある**。

〈**——**それでも、**閉じ込められた**ことは、**確か**である**。〉)

**選ぶ**。

(——**1271年9月1日**。

〈**——**空位**は、**ほぼ、**三年**。

**——**教会の歴史**で、**もっとも長い空位**の一つ**である**。〉

**——**結局、**枢機卿たち**は、**自分たちの中**から、**選べなかった**。

〈**——**六人の委員**に、**任せた**。

**——**選ばれたのは、**枢機卿ですらない**、**テオバルド・ヴィスコンティ**。

**——**十字軍**に、**加わって、**聖地**アッコ**に、**いた**。〉

**——**知らせ**が、**届き**、**戻ってきて、**グレゴリウス十世**と、**名乗った**。〉

**規則**。

(——**新しい教皇**は、**同じこと**を、**繰り返させない**ために、**規則**を、**作った**。

〈**——**1274年、**リヨンの公会議**で。

**——**「危険のあるところに」**(Ubi periculum)**と、**書き出す**。〉

**——**中身**。

〈**(1)**教皇が、**死んだら、**十日**、**待つ**。

**〈——遠くの枢機卿**が、**着くのを。〉**

**(2)**そして、**枢機卿たち**を、**一つの部屋**に、**集め、**鍵を、**かける**。

**(3)さらに、**外との、**やりとり**を、**断つ**。

**(4)そして、**三日**で、**決まらなければ、**食事**を、**一皿**に、**減らす**。

**(5)さらに、**そこから**五日**経っても、**決まらなければ**、**パンと、**水と、**酒**だけ**にする**。

**(6)そして、**その間、**教会の収入**は、**受け取れない**。〉

**——**ラテン語**で、**「鍵とともに」**。

〈**——**cum clave**。

**——**コンクラーヴェ**の名**は、**ここから、**来ている**。〉)

**その後**。

(——**枢機卿たち**には、**評判が、**悪かった**。

〈**——**規則**は、**数年**で、**止められた**。

**——**そして、**また、**長い空位**が、**起きた**。

**——**やがて、**戻された**。〉

**——**いまも、**教皇**の選挙**は、**システィーナ礼拝堂**に、**鍵をかけて、**行われる**。

〈**——**食事**を、**減らす**ことは、**もう無い**。

**——**それでも、**外と、**断たれる**。

**——**そして、**決まったら、**白い煙**を、**上げる**。〉)

**残ること**。

(——**決める**仕組み**には、**二つ**ある**。

〈**(1)**どう、**選ぶか**。

**〈——[[kleroterion]]**、**[[doge-election-1268]]**。〉**

**(2)**そして、**選ばない**ことを、**どう、**許さないか**。〉

**——**コンクラーヴェ**は、**後者**である**。

〈**——**話し合い**を、**速くする**のではない**。

**——**話し合い**を、**終わらせない**限り、**出られない**ようにする**。〉

**——**同じ考え方**は、**陪審**にも、**見られる**。

〈**——**評決**に、**至るまで、**部屋から、**出さない**。〉)

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