鍵をかけられた枢機卿
概要
1268年に教皇が死ぬと、ヴィテルボに集まった枢機卿たちは、フランス寄りとイタリア寄りに割れて決められなかった。一年たち、二年たっても決まらない。町の人々と役人は、枢機卿たちを館に閉じ込め、食べ物をパンと水に減らし、屋根まで剥がしたと伝えられる。空位はほぼ三年に及び、ようやく選ばれたグレゴリウス十世は、自ら規則を作った。枢機卿を鍵のかかる部屋に閉じ込め、決まらなければ日を追って食事を減らす。「鍵とともに」を意味するコンクラーヴェの名は、ここから来ている。決められない者たちから、ほかの選択肢を取り上げる仕組みである。
場所
42.42°N 12.10°E · イタリア・ラツィオ州
本文
1268年11月29日、教皇クレメンス4世がヴィテルボで死んだ。ヴィテルボはローマの北およそ八十キロの丘の町である。このころの教皇はローマの貴族どうしの争いを避けて、近くの町に宮廷を移していることが多かった。新しい教皇を選ぶために、枢機卿たちがヴィテルボの司教館に集まった。人数は二十人に満たない。規則では、三分の二の票を得た者が教皇になる。
枢機卿たちは割れた。クレメンス4世はフランスの出身で、その在位中に、フランス王ルイ9世の弟シャルル・ダンジューが教皇の後押しを受けて南イタリアとシチリアを手に入れたばかりだった。フランス王家に近い枢機卿たちは、その流れを続ける教皇を望んだ。これを警戒するイタリア側の枢機卿たちは、別の候補を推した。どちらも三分の二には届かない。一年が過ぎ、二年が過ぎた。

教皇がいなければ、司教の任命も、教会の裁きも、各地からの願いへの返事も止まる。しかも、枢機卿たちとその従者の滞在の費用を負担するのは町だった。町の人々と役人はしびれを切らした。伝えられるところでは、彼らは枢機卿たちを司教館に閉じ込めて鍵をかけ、差し入れをパンと水に減らし、ついには館の屋根まで剥がした。雨風にさらせば早く決めるだろう、というわけである。屋根の件がどこまで本当かははっきりしないところもあるが、枢機卿たちが閉じ込められ、外から締め付けを受けたことは確かである。閉じ込められているあいだに、高齢の枢機卿が何人か死んだ。
それでも枢機卿たちは、自分たちのなかから一人を選べなかった。1271年9月1日、彼らは六人の委員に選出を任せ、委員たちは枢機卿ではない人物を選んだ。リエージュの司教座の助祭長テダルド・ヴィスコンティである。彼はそのとき十字軍に加わって、聖地のアッコにいた。知らせが海を越えて届き、彼がイタリアへ戻ってグレゴリウス10世と名乗ったのは翌年のことである。空位はほぼ三年に及び、教会の歴史で最も長い空位の一つになった。

新しい教皇は、同じことを繰り返させないための規則を作った。1274年、リヨンで開いた公会議で定めた教令で、ラテン語の書き出しから「危険のあるところに」と呼ばれる。中身はこうである。教皇が死んだら、遠くの枢機卿が着くのを十日だけ待つ。そのあと枢機卿たちを一つの部屋に集め、鍵をかけ、外とのやり取りを断つ。三日たっても決まらなければ、昼と夜の食事をそれぞれ一皿に減らす。さらに五日たっても決まらなければ、パンと水と葡萄酒だけにする。その間、枢機卿たちは教会からの収入を受け取れない。
ラテン語で「鍵とともに」を意味する言葉から、この閉じ込められた選挙は「コンクラーヴェ」と呼ばれるようになった。ヴィテルボで町の人々がしたことを、教会が自分の規則として取り込んだのである。
この規則は、当然ながら枢機卿たちに評判が悪かった。グレゴリウス10世が1276年に死ぬと、間もなく効力を止められた。すると再び空位が長引き、1292年からは二年あまり教皇が決まらなかった。ようやく選ばれたケレスティヌス5世が規則を復活させ、次のボニファティウス8世がそれを教会法に組み入れた。以後、形を変えながらも、閉じ込めて選ぶという骨組みは続いていく。
いまの教皇選挙も、システィーナ礼拝堂(システィーナ礼拝堂の天井画)に鍵をかけて行われる(教皇フランシスコの選出)。食事を減らすことはもう無いが、枢機卿たちは外の世界との連絡を断たれ、決まれば煙突から白い煙を上げる。決まらなければ黒い煙である。
決める仕組みには、二つの面がある。一つは、どう選ぶか。くじを使う抽選器や、くじと投票を何段も重ねたドージェの選び方は、こちらの工夫である。もう一つは、選ばないままでいることをどう許さないか。コンクラーヴェは後者に当たる。話し合いを速くする仕組みではなく、話し合いを終わらせないかぎり部屋から出られないようにする仕組みである。イングランドの陪審も、かつては評決に至るまで食べ物も火も与えずに部屋に留め置かれた。決められない者たちから、ほかの選択肢を取り上げるという考え方は、ヴィテルボの町の人々が最初に思いついたものではないにせよ、ここで最もはっきりとした制度になった。