概要
1979年3月28日、アメリカのペンシルベニア州の原子力発電所で、冷却の水を送る仕組みが止まり、弁の故障と運転員の判断の誤りが重なって、炉心の半分近くが溶けた。放射性の物質の一部が外へ出て、妊婦と幼い子どもに避難が勧告される。死者は出なかったとされるが、偶然にも十二日前に原発事故を描いた映画が公開されていたこともあって、不安は全国に広がった。アメリカでは、その後長く新しい原発の建設が止まった。
場所
スリーマイル島
40.15°N -76.72°E · アメリカ・ペンシルベニア州
40.15°N -76.72°E · アメリカ・ペンシルベニア州
本文
止まった冷却。
1979年3月28日、ペンシルベニア州の原子力発電所。
(1)冷却の水を送る仕組みが止まった。
(2)そして、弁の故障と、運転員の判断の誤りが重なった。
(3)さらに、炉心の半分近くが溶けた。
十二日前の映画。
放射性の物質の一部が外へ出た。
(1)妊婦と幼い子どもに、避難が勧告された。
(2)そして、死者は出なかったとされる。
(3)さらに、偶然にも、十二日前に原発事故を描いた映画が公開されていた。
残ること。
不安は全国に広がった。
アメリカでは、その後長く、新しい原発の建設が止まった。七年後にチェルノブイリ原発事故、三十二年後に東日本大震災と福島第一原発事故の事故が続く。