概要
板ガラスは、鋳てから両面を研磨するしかなかった。材料の二割以上が削り屑になり、費用の大半が磨く工程だった。アラステア・ピルキントンは、溶けたスズの浴の上にガラスを流すことを考えた。比重が違うので浮き、重力と表面張力だけで両面が平らになる。研磨が要らない。実用になるまで七年、廃棄したガラスは十万トンを超えた。以後、世界の板ガラスのほとんどがこの方法で作られている。
場所
53.45°N -2.74°E · イギリス・マージーサイド州
関わった人(1)
アラステア・ピルキントンAD1920年1月7日–AD1995年5月5日 · 考案本文
**問題**。
**平らなガラスを、安く作りたい**。
**それまでの方法**。
**(1)シリンダー法**(吹く)。
(——**円筒に吹いて、切り開いて、平らに延ばす**。
**歪む**。**大きさに限界がある**。)
**(2)鋳込み・研磨法**(plate glass)。
(——**溶けたガラスを、台に流し、ローラーで延ばす**。
**そして、**冷ましてから、両面を研磨する**。
**大きい**。**平らである**。
**しかし——**
〈**研磨に、**莫大な費用がかかる**。
**材料の**20%以上**が、削り屑になる**。
**工程が、**何日もかかる**。
**そして、**研磨機が、巨大で、高価である**。〉)
**(3)フルコール法など**(引き上げる)。
(——**溶けたガラスから、**帯状に、垂直に引き上げる**。
**安い**。
**しかし——**表面に、**わずかな歪みが残る**。
〈**古い家の窓ガラス越しに見ると、**外の景色が、少し波打つ**。
**——それが、この方法のガラスである**。〉
**磨けば直る**。**しかし、磨けば高くなる**。〉)
**——つまり**。
**「平らで、安い」が、両立しなかった**。
**着想**。
**1952年**。
**アラステア・ピルキントン**、32歳。
(——**ピルキントン社の、技術部門の若い管理職である**。
〈**同名だが、**創業家とは、血縁が無い**。
**入社のとき、そのことを説明した**、と伝えられる。〉
**彼が、後年、語った話**。
**——**妻が、皿を洗っていた**。
**流しの水に、**油の膜**が浮いていた**。
**それが、**完全に平らだった**。
〈**この逸話は、彼自身が語ったものである**。
**——ただし、**着想の全体が、その一瞬から出たわけではない**、と本人も述べている**。
**社内では、**以前から、溶融金属の上にガラスを浮かべる案が検討されていた**。
〈**1902年に、アメリカのヘイルズが、似た構想の特許を出している**。**実用にならなかった**。〉〉)
**原理**。
(**(1)**溶けたスズの浴**を作る**。
〈**なぜ、スズか**。
**——**融点が低い**(232℃)**が、**沸点が高い**(2,602℃)。
**つまり、**ガラスが溶けている温度(約1,000℃)で、液体のまま、蒸発しない**。
**そして、**ガラスより、比重が大きい**(スズ 6.5、ガラス 2.5)。
**——だから、**ガラスが、浮く**。
**さらに——**ガラスと、化学的に反応しない**。〉
**(2)**その上に、**溶けたガラスを、連続的に流す**。
**(3)**ガラスは、**自分の重さで、平らに広がる**。
**そして、**下面は、スズの、完全に平らな面に接している**。
**上面は、**表面張力で、平らになる**。
**(4)**そのまま、**ゆっくり冷ましながら、進ませる**。
**(5)**固まったら、**切る**。
**——**研磨が、要らない**。〉
**難しさ**。
(——**理屈は、単純である**。
**実用にするのが、**極めて難しかった**。
**(1)**スズは、酸素があると、酸化する**。
〈**酸化スズが、**ガラスの表面に、斑点として付く**。
**——だから、**浴の上を、窒素と水素の混合気体で満たさなければならない**。
**そして、**その気体が漏れないように、密閉する**。〉
**(2)**厚さが、揃わない**。
〈**溶けたガラスは、**放っておくと、表面張力と重力の釣り合いで、約7ミリになる**。
**——**それより薄くも、厚くも、したい**。
**薄くするには、**引っ張る**(トップロールという歯車状の装置で、両端をつまんで、横に引く)。
**厚くするには、**堰き止める**。
**——この制御が、極めて難しかった**。〉
**(3)**そして、**連続的に、何日も、止めずに動かさなければならない**。
〈**止めると、**スズが固まる**。**そして、**炉が壊れる**。〉)
**七年**。
(**1952年、着想**。
**1953年、**小さな試験装置**。
**1955年、**工場規模の試験ライン**。
**——**そして、**動かない**。
〈**厚さが揃わない**。**表面に、傷と斑点が出る**。
**ガラスが、**スズに引っかかる**。
**——**廃棄したガラスは、**十万トンを超えた**、とされる**。
**会社の、**年間の利益に匹敵する額**が、消えた**。〉
**——それでも、**取締役会は、金を出し続けた**。
〈**当時の会長、**ハリー・ピルキントン**(アラステアの、遠い親族)が、支えた**。
**「もう一年」**を、繰り返した**。〉
**1958年、**ようやく、売れる品質のガラスが出た**。
**1959年1月20日、**公表**。
——**着想から、**七年**である**。)
**結果**。
(**(1)**費用が、劇的に下がった**。
〈**研磨の工程が、丸ごと消えた**。
**——そして、**材料の歩留まりが上がった**。〉
**(2)**品質が、上がった**。
〈**鋳込み・研磨法より、**平らである**。〉
**(3)そして——**世界標準になった**。
〈**ピルキントン社は、**特許を、**広く実施許諾した**。
**——**囲い込まなかった**。
**理由**。
〈**(a)**一社では、世界の需要を満たせない**。
**(b)**許諾料が、莫大な収入になる**。
**(c)そして——**囲い込めば、他社が、迂回する技術を開発する**。〉
**——結果、**世界中の主要なガラス会社が、この方式を採用した**。
**日本では、**旭硝子(現AGC)と日本板硝子**が、1960年代に導入した**。
〈**そして、**2006年、日本板硝子が、ピルキントン社を買収した**。
——**技術を教わった側が、教えた会社を、買った**。〉
**現在、**世界の板ガラスの、90%以上**が、この方法で作られている**。)
**そして、いま**。
(**一本のフロート・ラインは、**幅3〜4メートル、長さ数百メートル**。
**——**24時間、休まず動く**。
**そして、**一度火を入れると、**十年から十五年、止めない**。
〈**止めるのは、**設備の全面的な改修のとき**だけである**。
**——そして、**再稼働に、数か月と、莫大な費用がかかる**。〉
**建てるのに、**数百億円**。
**——**だから、**新規参入が、極めて難しい産業になった**。〉)
**アラステア・ピルキントン**。
(**1970年、**ナイト爵**。
**1973年から1980年、**社長**。
**1995年、死去**。**75歳**。
**——彼は、**この発明で、個人的に巨額の富を得たわけではない**。
〈**会社員である**。
**そして、**特許は、会社のものである**。〉
**彼が、後年、こう言っている**。
**「重要なのは、**着想ではない**。
**それを、**動くものにするまでの、七年間である**」**という趣旨のことを。)