概要
1961年、永六輔が詞を書き、中村八大が曲をつけ、坂本九が歌った「上を向いて歩こう」は、日本で大きく流行した。この歌がヨーロッパで紹介され、覚えやすい日本の言葉として「スキヤキ」という題を付けられる。1963年6月15日、その「スキヤキ」がアメリカのビルボードの週間の順位で一位になり、三週続いた。日本語で歌われた曲がこの順位の一位になったのは、いまもこれだけである。歌の中身とは関係の無い題は、当時の日本の見られ方をよく表している。
場所
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都
本文
1961年、作詞家の永六輔と作曲家の中村八大は、テレビのバラエティ番組のために、毎月のように新しい歌を作っていた。その一つが「上を向いて歩こう」である。永は、安保闘争に敗れた帰り道の思いを詞にしたとも語っている。歌ったのは、19歳の坂本九だった。独特の節回しで「うえをむういて」と歌うその声は、はじめは作った二人を戸惑わせたという。
歌は日本で大きく流行した。そして、日本を訪れたイギリスのレコード会社の人がこれを持ち帰り、ジャズの楽団が演奏した曲が、イギリスで小さく当たる。題は、覚えやすい日本の言葉として「スキヤキ」とされた。歌の中身とは関係が無い。
1963年、アメリカのラジオ局で坂本の歌う元の録音がかけられると、問い合わせが相次いだ。6月15日、「スキヤキ」はビルボードの週間の順位で一位になり、三週続く。日本語で歌われた曲がこの順位の一位になったのは、いまもこの一曲だけである。アジアの歌手が一位になるのも初めてだった。
戦争が終わって18年、敵国だった国で、日本語の歌が一番になった。題が「スキヤキ」だったことは、当時のアメリカの人々にとって、日本がまだ食べ物の名前くらいでしか知られていない国だったことを示している。坂本九は1985年、日航機墜落事故で亡くなった。