概要
1945年8月、ソ連は日本に宣戦し、満洲や朝鮮北部、樺太にいた日本の兵士と民間人を捕らえた。戦争が終わったあと、およそ五十数万人がシベリアなどの収容所に送られ、鉄道や炭鉱や森林で働かされる。零下数十度の寒さと飢えと重労働で、五万人以上が死んだとされる。帰国は数年がかりで進み、最後の人びとが戻ったのは1956年だった。戦争が終わってから始まった、もう一つの戦争の被害である。
場所
ハバロフスク
48.48°N 135.07°E · ロシア・ハバロフスク地方
48.48°N 135.07°E · ロシア・ハバロフスク地方
本文
**終わってからの捕虜**。
(——**1945年**8月**、**ソ連**は**日本**に**宣戦**した**。
〈**(1)**満洲**や**朝鮮**北部**、**樺太**に**いた**日本**の**兵士**と**民間**人**を**捕らえた**。
**(2)**そして、**戦争**が**終わった**あと**、**およそ**五十数万**人**が**シベリア**など**の**収容**所**に**送られた**。〉)
**零下の労働**。
(——**鉄道**や**炭鉱**や**森林**で**働かされた**。
〈**(1)**零下**数十**度**の**寒さ**。
**(2)**そして、**飢え**と**重**労働**。
**(3)さらに、**五万**人**以上**が**死んだ**と**される**。〉)
**残ること**。
(——**帰国**は**数年**がかり**で**進んだ**。
〈**(1)**最後**の**人びと**が**戻った**の**は**、**日ソ共同宣言**の**あと**の**1956年**だった**。
**(2)**そして、**戦争**が**終わって**から**始まった**、**もう**一つ**の**戦争**の**被害**で**ある**。〉)