概要
1977年5月27日、エリザベス女王の即位25年の祝いを前に、ロンドンのバンド、セックス・ピストルズが「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」を出した。国歌と同じ題で、女王と国をあざける歌である。放送は禁じられ、店が売るのを拒んだが、売上の順位で二位に入った。一位を避けるための操作があったと噂された。不況と失業の中の若者の怒りを、下手でもかまわない、三つの和音でできる、短く速い音楽にぶつける。自分たちで楽器を持ち、雑誌を刷り、レコードを出すやり方は、のちの独立の音楽の土台になった。
場所
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
本文
1970年代半ばのイギリスは、不況と高い物価と失業に苦しんでいた。ロックは、長い曲と高度な演奏を誇る大がかりなものになり、若者の手の届かないものになっていた。ロンドンで服の店を営んでいたマルコム・マクラーレンは、店に出入りする若者を集めてバンドを作らせる。セックス・ピストルズである。
彼らの音楽は、短く、速く、荒く、三つの和音だけで弾けた。上手に弾けなくてもかまわない。1976年12月、夕方のテレビ番組に出た彼らが、司会者に挑発されて放送禁止の言葉を連発し、翌日の新聞の一面を飾った。バンドは各地の公演を断られ、レコード会社との契約を次々に切られた。
1977年、エリザベス女王の即位25年の祝いが国を挙げて準備されていた。5月27日、ピストルズは「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」を出した。国歌と同じ題で、国と王室を痛烈にあざける歌である。BBCは放送を禁じ、大手の店は売るのを断った。それでも売上の順位で二位に入り、一位を避けるために順位が操作されたと噂された。6月7日、祝いの当日の近くに、バンドはテムズ川に船を浮かべて演奏し、岸に着いたところで警察に捕まった。
バンドは翌年に解散した。しかし、パンクの考え、つまり誰でも楽器を持ってバンドを始めてよい、自分たちで雑誌を刷り、レコードを出し、公演を開けばよいという考えは、若者たちに広がった。大きな会社に頼らない独立のレーベルと、その後のさまざまなロックの流れは、ここから生まれている。