ローゼンバーグ夫妻の処刑
概要
原爆の秘密をソ連に渡したとして、ニューヨークのユダヤ人の夫婦が電気椅子に。妻の弟が証言した。教皇とサルトルとアインシュタインが助命を求めた。二人の息子が残った。1995年に公開されたヴェノナ文書でジュリアスがスパイだったことは確かになり、エセルの役割はいまも争われる。
場所
41.16°N -73.87°E · アメリカ・ニューヨーク州
本文
ジュリアス・ローゼンバーグは1918年、エセル・グリーングラスは1915年に、ともにニューヨークのロウアー・イースト・サイドの、東欧から来たユダヤ人移民の家に生まれた。貧しい移民の町で育った多くの若者と同じく、二人は大恐慌の時代に共産主義に惹かれ、青年共産主義同盟の集まりで知り合った。1939年に結婚し、ジュリアスは電気技師として、1940年から陸軍通信隊の文官として働いた。
1942年ごろ、ジュリアスはソ連の情報機関に協力し始めた。ソ連の解読された電報では、彼の暗号名は「アンテナ」、のちに「リベラル」だった。彼は友人の技師たちを仲間に引き入れ、軍の電子機器や、砲弾を目標の近くで炸裂させる近接信管などの資料を渡したとされる。1944年、エセルの弟デイヴィッド・グリーングラスが、陸軍の機械工としてニューメキシコのロスアラモスに配属された。原爆を作るマンハッタン計画の中心の研究所である。デイヴィッドは妻ルースを通じてジュリアスに誘われ、原爆の起爆に使う「爆縮レンズ」の部品のスケッチと説明を、運び屋ハリー・ゴールドなどを通じて渡した。

1949年にソ連が原爆の実験に成功すると、アメリカはその速さに衝撃を受けた。1950年2月、ロスアラモスで働いていたイギリスの物理学者クラウス・フックスが、ソ連のスパイとしてロンドンで捕まった。フックスの自白からゴールドが、ゴールドの供述からグリーングラスが、グリーングラスの供述からジュリアスが逮捕された。1950年7月にジュリアスが、8月にはエセルが捕まった。エセルについての証拠は薄く、当局は、エセルを人質にしてジュリアスに仲間の名を白状させようとしたのだとも言われる。
1951年3月の裁判で、検察の決め手になったのはグリーングラス夫妻の証言だった。デイヴィッドは、原爆の情報を書いたメモを、姉のエセルがタイプで打ち直したと証言した。妻のルースは起訴されず、デイヴィッドは懲役15年で済んだ。判事のアーヴィング・カウフマンは、広島と長崎(広島・長崎への原爆投下)で使われた兵器の秘密を敵に渡したとして、二人に死刑を言い渡し、あなたがたの罪は殺人より重い、朝鮮での共産主義の侵略とそれによる5万人を超える死傷者は、あなたがたの行いがもたらしたものだと述べた。朝鮮戦争のさなかで、上院議員ジョゼフ・マッカーシーが政府の中の共産主義者を告発して回り、反共の空気が国中を覆っていた(マッカーシズム)。

刑の執行までの2年あまり、死刑に反対する運動は世界に広がった。教皇ピウス12世が慈悲を求め、アインシュタインや作家のサルトルらが助命を訴えた。サルトルはこの裁判を「法による私刑」と呼んだ。二人は最後まで罪を認めず、無実を訴え続けた。大統領アイゼンハワーは助命を退け、息子への手紙で、二人のうちエセルのほうが気の強い主導者に見える、と書いている。
1953年6月19日、金曜日。ユダヤ教の安息日が日没から始まる前にと、刑は夜8時過ぎに早められた。ニューヨーク州のシンシン刑務所で、まずジュリアスが、続いてエセルが電気椅子に座った。エセルは決められた回数の電流では死なず、さらに電流を流されて死んだ。冷戦期のアメリカで、スパイ活動のために処刑された民間人は、この二人だけである。10歳と6歳の二人の息子が残された。兄弟は、作詞家で教師のエイベル・ミーアポル夫妻の養子となり、ミーアポルの姓で育った。

事件の評価が大きく動いたのは、冷戦が終わってからである。1995年、アメリカ政府は、戦中から戦後にかけてのソ連の暗号電報を解読した「ヴェノナ文書」を公開した。そこには「リベラル」の名で何度もジュリアスが現れ、彼がスパイ網の中心にいたことはほぼ確かになった。一方でエセルには暗号名がなく、夫の仕事を知っている、という程度の記述しかなかった。グリーングラスが渡した原爆のスケッチも、フックスがもたらした情報に比べれば価値の低いものだったとみる研究者が多い。
2001年、デイヴィッド・グリーングラスは記者の取材に、姉がタイプを打ったという証言は嘘だったと認めた。実際に打ったのはおそらく妻のルースで、自分は妻を守るために姉を差し出した、と語った。2008年には、ともに有罪とされた仲間のモートン・ソベルが、自分とジュリアスがソ連のために働いていたことを認めた。息子たちは、父がスパイだったことを受け入れつつ、母の有罪を取り消すよう求め続け、2015年には大統領オバマに嘆願した。答えは出なかった。

ジュリアスはスパイだった。だが、その罪で死刑が妥当だったのか、エセルを死刑にすべきだったのかは、いまも争われている。二人がなぜ最後まで認めなかったのかも分からない。信念のためか、息子たちのためか、仲間を守るためだったのか。