『百年の孤独』
概要
祖母が怪異を淡々と語る口調を、そのまま文体にした。架空の町マコンドの百年を七世代で書き、40以上の言語に訳される。
場所
10.59°N -74.19°E · コロンビア・マグダレナ県
関わった人(1)
ガブリエル・ガルシア=マルケスAD1927年3月6日–AD2014年4月17日 · 著者本文
1967年、アルゼンチンのブエノスアイレスの出版社から、一冊の長編小説が出た。コロンビアの作家ガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』である。初めに刷った8000部はすぐに売り切れ、その後、世界の40以上の言語に訳された。ラテンアメリカの小説が世界中で読まれるきっかけになった本である。
ガルシア=マルケスは1927年、コロンビアのカリブ海沿岸の小さな町アラカタカに生まれた。両親のもとを離れ、8歳ごろまで母方の祖父母の家で育った。祖父は、19世紀の終わりから20世紀の初めにかけての内戦で戦った退役の大佐で、少年に戦争の話を聞かせた。祖母は、死者の霊や不思議な前触れの話を、まったく当たり前のことのように、表情一つ変えずに語った。屋敷には、死んだ親戚の霊が歩き回っているとされる部屋があった。

ガルシア=マルケスは大学で法律を学んだが、途中でやめ、新聞記者になった。記者として働きながら小説を書き、1955年の最初の長編で、マコンドという架空の町を登場させた。マコンドという名は、アラカタカの近くにあったバナナ農園の名前から取ったものとされる。
長く温めてきた一族の物語を、どう書けばよいのか。彼はなかなか書き出せなかった。後の回想によれば、1965年、メキシコで家族と車に乗って旅に出たとき、突然、書き方がひらめいた。祖母が不思議な話を語ったときの、あの淡々とした口調で書けばよいのだ、と。彼は車を引き返させ、メキシコ市の家にこもって書きはじめた。

執筆には、1年半ほどかかった。その間、彼には収入が無かった。妻のメルセデスが、車を売り、家財を質に入れ、肉屋や家主に支払いを待ってもらって、暮らしを支えた。完成した原稿を出版社に郵便で送ろうとしたとき、送料が足りず、半分しか送れなかった。しかも、あとで気づくと、送ったのは後ろの半分だった、という話が伝わっている。
物語は、ホセ・アルカディオ・ブエンディアとその妻ウルスラが、仲間とともに沼地を越えて、マコンドの町を開くところから始まる。それから百年、一族の七つの世代が、町の誕生と繁栄と衰退を生きる。

この小説では、ありえないことが、ありふれたこととして書かれる。死者の霊が家の中を歩き回り、生きている者と言葉を交わす。美しい娘が、洗濯物を干しているうちに、シーツとともに空へ昇っていく。黄色い蝶の群れが、恋する男の後をついて回る。町に不眠の病がはやり、人々は物の名前を忘れはじめる。雨が4年11か月と2日降り続く。語り手は、驚くことも説明することもなく、天気の話をするように、それを語る。一方で、氷や磁石のような、ありふれたものが、驚くべき奇跡として描かれる。こうした書き方は、後に「魔術的リアリズム」と呼ばれるようになった。
一族の男たちには、アウレリャノとホセ・アルカディオという同じ名前が、代々繰り返して付けられる。読者は誰が誰だか分からなくなる。その混乱が、同じことを繰り返す一族と町の歴史の感触になる。
物語の背景には、コロンビアの実際の歴史がある。内戦を戦い続ける大佐アウレリャノ・ブエンディアには、祖父の戦争の記憶が重なっている。外国のバナナ会社がマコンドに来て、町は豊かになり、そして労働者たちがストライキを起こす。軍が広場に集まった労働者に機関銃を撃ち、死体は列車で運ばれて海に捨てられる。だが翌日には、町の誰もが、そんなことは何も起きなかったと言う。これは、1928年にコロンビアのカリブ海沿岸で、アメリカの果物会社(ユナイテッド・フルーツと「バナナ共和国」)の労働者のストライキを軍が鎮圧した事件をもとにしている。実際の死者の数は分かっておらず、数十人から千人以上まで説がある。歴史から消されていく出来事を、この小説は書きとめた。
『百年の孤独』は、出版されるとすぐにスペイン語圏で大評判になった。同じころ、アルゼンチンのコルタサル、ペルーのバルガス・リョサ、メキシコのフエンテスらの小説も次々に世界で読まれ、「ラテンアメリカ文学のブーム」と呼ばれた。その中心にあったのが、この小説だった。売れた部数は、数千万部にのぼるとされる。
1982年、ガルシア=マルケスはノーベル文学賞を受けた。ラテンアメリカの作家としては、チリのミストラル、グアテマラのアストゥリアス、チリのパブロ・ネルーダに続く受賞だった。受賞の講演で、彼はラテンアメリカの孤独について語った。ヨーロッパの人々が、自分たちの物差しでラテンアメリカを測ろうとすることが、この大陸をいっそう孤独にしている、と。
ガルシア=マルケスは、長いあいだ、この小説の映像化を許さなかった。2014年に彼が死んだあと、遺族の同意を得て、スペイン語の連続ドラマが作られ、2024年に配信が始まった。マコンドの百年は、いまも新しい読者を得続けている。