概要
ベル研究所のバーディーンとブラッテンが、ゲルマニウムの結晶に2本の金の接点を押しつけて、信号が増幅されるのを見た。点接触型。上司のショックレーは自分が外されたと怒って、1か月で接合型を考えた。真空管より小さく、熱くならず、壊れない。1956年、3人でノーベル賞。ショックレーはカリフォルニアで会社を作り、そこから出た8人がフェアチャイルドとインテルを作った。シリコンバレー。
場所
40.68°N -74.40°E · アメリカ・ニュージャージー州
関わった人(1)
ウィリアム・ショックレーAD1910年2月13日–AD1989年8月12日 · 接合型を考えた本文
電話を遠くへ送るには、信号を増幅しなければならない。真空管は大きく、熱く、壊れる。ベル研究所は、固体で増幅する物を探していた。半導体。ゲルマニウムとシリコン。
ショックレーが1945年に「電界効果」(半導体に電圧をかけて電流を制御する)を考えて、動かなかった。バーディーン(理論、表面の電子が電界を遮ると説明した)とブラッテン(実験)が、表面を研究した。
1947年12月16日火曜日。ブラッテンが、ゲルマニウムの板に、プラスチックの楔に貼った金箔を剃刀で切って2本の接点にして、押しつけた。片方に入れた信号が、もう片方で大きくなって出た。増幅。12月23日、ベル研究所の幹部に実演した。イヤホンで声が聞こえた。「点接触トランジスタ」。「トランス(伝達)レジスタ(抵抗)」(ピアースが名づけた)。
ショックレーは、自分の名前が発明にないことに怒った。特許はバーディーンとブラッテンの名だった。大晦日から正月、シカゴのホテルで、1か月で「接合型」を考えた。n-p-n のサンドイッチ。接点でなく、結晶の中の構造で増幅する。作りやすく、安定。1951年、実用に。それからのトランジスタは全部、接合型の子孫。
1948年6月30日、公開。新聞は小さく書いた。1952年、補聴器。1954年、ラジオ(リージェンシー TR-1)。1954年、テキサス・インスツルメンツがシリコン。1958年、集積回路(キルビー、ノイス)。1971年、マイクロプロセッサ(インテル4004、2300個)。2020年代、1チップに数百億個。
1956年、3人でノーベル賞。バーディーンは1972年、超伝導でもう一度貰った(物理で2回は彼だけ)。ショックレーは1956年、パロアルトに会社を作った。ゴードン・ムーア、ロバート・ノイスら8人が集まり、1957年、ショックレーに耐えられず辞めて(「8人の裏切り者」)、フェアチャイルド半導体。そこから、インテル(ノイスとムーア、1968年)、AMD、ナショナル・セミコンダクター。シリコンバレー。
ショックレーのゲルマニウムの点接触トランジスタを再現した物が、ベル研究所とスミソニアンにある。