概要
1986年2月28日の夜11時すぎ、スウェーデンの首相オロフ・パルメは、妻と映画を観た帰り、護衛を付けずにストックホルムの繁華街を歩いていて、背後から撃たれて死んだ。パルメは社会民主党の党首で、ベトナム戦争でアメリカを強く批判し、南アフリカのアパルトヘイトと闘い、大国のどちらにも付かない外交を掲げた。首相が地下鉄で通勤するような開かれた国で起きた事件は、社会に深い傷を残した。逮捕された男は控訴審で無罪になり、捜査は34年続いた。2020年、検察はすでに死んでいた別の男を犯人と名指しして捜査を閉じたが、証拠は決定的ではない。
場所
59.33°N 18.07°E · スウェーデン
本文
オロフ・パルメは、ストックホルムの上流の家に生まれ、アメリカの大学で学んだのち、社会民主党の政治家になった。1969年に42歳で首相になると、福祉の国家を広げ、外では大国にはっきりものを言った。北ベトナムへの爆撃をナチの犯罪になぞらえてアメリカを怒らせ、ソ連のチェコスロヴァキア侵攻を非難し、南アフリカのアパルトヘイトと闘う運動を支えた。国内では、富裕層や財界から強い反発も受けていた。
1986年2月28日の金曜の夜、パルメは妻リスベットと、思いつきで映画を観に出かけた。護衛はその日の夕方に帰していた。スウェーデンでは、首相がひとりで町を歩くのは珍しくなかった。映画のあと、二人は繁華街のスヴェア通りを歩いて帰る途中、11時21分ごろ、背後から近づいた男に撃たれた。パルメはほぼ即死し、男は階段を駆け上がって姿を消した。
警察の初動はひどく遅れ、町の封鎖も遅かった。1988年、リスベットが犯人だと指さした麻薬中毒の男が逮捕され、一審で有罪になったが、控訴審で証拠が足りないとして無罪になった。そのあとも、南アフリカの情報機関、クルドの武装組織、警察の内部など、さまざまな筋が疑われた。
2020年、検察は、現場に居合わせて証人を名乗り出ていた男、スティグ・エングストレムを犯人と名指しし、本人が2000年に死んでいるため起訴はできないとして捜査を閉じた。だが凶器は見つかっておらず、決め手を欠くとの見方は根強い。開かれた社会のまま首相を守れなかったという記憶は、スウェーデンの人々のなかに長く残り、2003年には外相アンナ・リンドもデパートで刺殺されている。