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Event / できごと

ウルトラマンの放送

Ultraman (1966 TV series)
AD1966年7月17日
重要度 3
ソビエト連邦中国モンゴルチベットビルマ大英帝国タイ日本ベトナムラオスフィリピンカンボジア朝鮮民主主義人民共和国大韓民国AD1966年7月17日東京
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概要

1966年7月17日、TBSで『ウルトラマン』の放送が始まった。作ったのは、『ゴジラ』の特撮を手がけた円谷英二の会社である。光の国から来た巨人が、地球に現れる怪獣と戦う。地球の上では3分間しか戦えないという決まりは、特撮の手間とお金を抑えるためだったとも言われる。視聴率は40パーセントを超えた。怪獣を倒すだけでなく、人間の身勝手で生まれた怪獣の悲しみを描いた回もあり、脚本家たちの問いかけは子ども向けの枠を超えた。シリーズは形を変えながら、半世紀を超えて続いている。

場所

東京
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都

本文

円谷英二は、戦前から映画の特殊撮影に打ち込んできた人で、1954年の『ゴジラ』で怪獣を動かした(ゴジラ)。1963年、彼は自分の会社、円谷特技プロダクションを作る。テレビのために特撮の番組を作るためである。

1966年の初め、円谷プロは不思議な出来事を扱う『ウルトラQ』を放送し、怪獣が人気を集めた。続く『ウルトラマン』は、それをカラーにして、怪獣と戦うヒーローを加えたものである。7月17日に放送が始まる。宇宙から来た巨人が、科学特捜隊の隊員ハヤタと一体になり、地球に現れる怪獣や宇宙人と戦う。

ウルトラマンは地球の上では3分間しか活動できず、胸のカラータイマーが点滅して危機を知らせる。この決まりは物語に緊張を生んだが、手間とお金のかかる特撮の場面を短くする工夫でもあったと言われる。視聴率は最高で40パーセントを超え、怪獣のソフトビニールの人形が子どもたちに売れた。

脚本を書いた金城哲夫は沖縄の出身で、怪獣を単なる悪として描かなかった。人間が宇宙に置き去りにして怪獣になってしまった飛行士、故郷の星を失った宇宙人。倒される側の悲しみを描いた回は、大人になった視聴者の記憶にも残っている。シリーズは形を変えながら今も作られ続け、アジアを中心に海外でも見られている。

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