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Event / できごと

『おくのほそ道』の旅

Oku no Hosomichi
AD1689年
重要度 3
ロシア帝国清スペイン帝国中央アジアの諸ハン国チベットチュクチ明の滅亡後の軍閥アユタヤ朝Avaシャン諸邦Koryaks日本大越朝鮮王朝Itelmenラオスの諸国大越フィリピンカンボジアLan NaアイヌモシリAD1689年江戸
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1689年の版図を描いています(21勢力)。

概要

1689年の春、四十代半ばの松尾芭蕉は、住まいを人に譲り、門人の曾良と二人で江戸の深川を出た。東北から北陸をめぐり、美濃の大垣まで、およそ百五十日の旅である。平泉では、義経の最期と奥州藤原氏の栄華の跡を前に、夏草を詠んだ。紀行文は、旅のあと何年もかけて推敲され、芭蕉の死後に刊行される。事実どおりの記録ではなく、句と文を組み合わせて作り上げた作品だった。いまも多くの人が、その道筋をたどって歩いている。

場所

江戸
35.69°N 139.75°E · 日本・東京都(江戸城=現在の皇居)

関わった人(1)

松尾芭蕉AD1644年–AD1694年 · 旅をした

本文

住まいを譲って。

1689年の春。

(1)四十代半ばの松尾芭蕉は、住まいを人に譲った。

(2)そして、門人の曾良と二人で、江戸の深川を出た。

百五十日。

東北から北陸をめぐり、美濃の大垣まで、およそ百五十日の旅である。

(1)平泉では、義経の最期と奥州藤原氏の栄華の跡を前に、夏草を詠んだ。

(2)そして、立石寺では、岩にしみ入る蝉の声を詠んだ。

作り上げた旅。

紀行文は、旅のあと何年もかけて推敲された。

(1)芭蕉の死後に刊行される。

(2)そして、事実どおりの記録ではなく、句と文を組み合わせて作り上げた作品だった。

残ること。

いまも多くの人が、その道筋をたどって歩いている。

旅を書くことで、旅の意味そのものを作った。

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