ナーガールジュナの中論
概要
ものごとにはそれ自体で成り立つ本質が無い、という「空」の論理を組み立てた。相手の主張をその論理で崩す方法を使い、大乗仏教の方向を決めた。
場所
16.52°N 79.24°E · インド・アーンドラ・プラデーシュ州(ナーガールジュナの活動地とされる一帯)
関わった人(1)
ナーガールジュナAD150年頃–AD250年頃 · 著者本文
釈迦が悟りを開いてから(釈迦の悟り)、数百年がたっていた。教団はいくつもの部派に分かれ、それぞれが釈迦の教えを細かく整理し、体系にまとめ上げていた。なかでも有力だった部派は、世界をかたちづくる最小の要素(ダルマ)を数え上げ、分類した。物も心も、刻々と生まれては滅びる要素の集まりにすぎない。ただ、その要素の一つ一つは、それぞれ固有の性質、それ自体としての本質を持って実在する、と考えた。
紀元前後から、これとは別の流れが生まれていた。自分ひとりの悟りより、あらゆる人を救うことを目指す大乗の運動である。その中心にあったのが、『般若経』と呼ばれる一群の経典だった。そこでは、すべてのものは「空」である、と繰り返し説かれる。だが経典は、それをなぜそう言えるのかを論理で示してはいなかった。

それを論理で組み立てたのが、ナーガールジュナだった。2世紀から3世紀ごろ、南インドに生きた人とされる。南インドの王に宛てたとされる書簡が残っており、王の相談役のような立場にあったとも考えられる。そのほかの生涯については、ほとんど分かっていない。後に作られた伝記は、竜の王の宮殿に招かれて、地上から失われていた経典を授かった、といった伝説に満ちている。名前の「ナーガ」は竜を意味する。
主著『中論』は、27章、450ほどの短い詩の形で書かれている。冒頭で、釈迦を、縁起を説いた人として讃える。ものは生じることもなく、滅することもなく、常にあるのでもなく、断絶するのでもなく、同一でもなく、別物でもなく、来ることもなく、去ることもない。この八つの否定が、本の全体を予告している。

論じるのは「空」になる。ものごとには、それ自体で成り立つ本質が無い。すべては、他との関係のなかでだけ在る。たとえば「長い」は、「短い」ものと比べてはじめて長い。種は、芽を出すものとして種と呼ばれ、芽は種から出たものとして芽と呼ばれる。原因と結果は、互いに寄りかかってしか成り立たない。
ものごとが互いに依って成り立つという縁起の考えそのものは、釈迦以来のものだった。ナーガールジュナがやったのは、「それ自体の本質がある」と主張すると、どんな矛盾が出てくるかを、片端から示すことだった。もし火が、それ自体の本質として燃えるものなら、燃料が無くても燃えるはずだ。もし燃料と無関係でないなら、火はそれ自体で成り立っているとは言えない。運動、時間、原因、自己、そして仏や涅槃についてまで、同じ手順で検討していく。

彼は自分の立場を積極的に述べない。相手の主張を受け取り、その主張自身の論理をたどって、行き詰まりに追い込む。ある事柄について、「ある」「ない」「あり、かつない」「あるのでもなく、ないのでもない」という四つの可能性を立て、そのすべてを退ける形がよく使われる。別の論書では、自分には主張すべき命題が無いから、自分は論駁されない、とまで言っている。
それなら、何も無いという虚無の教えなのか。そうではない、とナーガールジュナは答える。縁起であるものを、空と呼ぶ。それは仮に名づけられたものであり、それが中道である。空とは、ものが無いことではなく、ものが関係のなかで成り立っていることを指す。だから、日常の言葉や約束ごとの次元での真理と、究極の次元での真理という、二つの真理を区別した。前者を足場にしなければ、後者には届かない。

「空」もまた空である、とも言う。空とは、あらゆる見解から離れることだと仏たちは説いた。それなのに空を一つの見解として握りしめる者は、救いようがない、と。空という考えに執着したら、本質に執着するのと同じ誤りになる。
この論理は、迷いの世界と悟りの世界のあいだにさえ、本質的な違いは無い、という結論にまで進む。どちらも、それ自体として成り立つものではないからだ。この大胆な考えは、のちの大乗仏教に深い影響を与えた。

ナーガールジュナの教えを継ぐ学派は「中観派」と呼ばれ、インドで長く栄えた。5世紀の初めには、鳩摩羅什が『中論』を漢訳し(鳩摩羅什の長安入り)、中国では『中論』などの三つの論書を拠りどころとする三論宗が生まれた。チベットでは、中観の哲学が仏教の思想の頂点に置かれ、いまも僧院で学ばれている。
日本では「八宗の祖」と呼ばれる。中国と日本の主な宗派の多くが、それぞれの系譜の中にこの人を数えている。浄土真宗では、親鸞が仰いだ七人の高僧の第一に置かれ、真言宗でも、密教を伝えた祖師の一人に数えられる。教えの中身が大きく違う宗派が、そろって同じ人を祖とする。それだけ、この人の論理が大乗仏教の土台になったということだろう。