『マハーバーラタ』の成立

概要
10万詩節。ホメロスの二大叙事詩を合わせた10倍近い長さになる。一人の作ではなく、数百年かけて層が積み重なった。その一部が『バガヴァッド・ギーター』になる。
場所
29.97°N 76.88°E · インド・ハリヤーナー州
本文
『マハーバーラタ』は「バラタ族の大いなる物語」を意味する。古代インドのサンスクリット語の叙事詩で、18巻からなり、付録を含めると約10万の詩節に及ぶとされる。ホメロスの『イリアス』と『オデュッセイア』を合わせた長さの10倍近い。聖仙ヴィヤーサの作と伝えられるが、一人の作ではない。紀元前4世紀ごろから紀元4世紀ごろまで、数百年をかけて書き足され、層が積み重なってできた。古い戦いの物語を核に、後の時代の教訓や神話、法の教え、哲学が継ぎ足されている。物語の背景には、ヴェーダの時代の北インドの部族社会の記憶があるとされ、いまに近い形にまとまったのはグプタ朝の黄金時代の頃と考えられている。
筋の中心にあるのは、北インドのクル族の王家で、いとこ同士が王位を争う話である。一方は、パーンドゥ王の5人の息子たち、パーンダヴァ五兄弟。長兄のユディシュティラは正直さで、次兄のビーマは怪力で、三男のアルジュナは弓の腕で知られる。もう一方は、盲目の王ドリタラーシュトラの100人の息子たちで、長男ドゥルヨーダナが率いる。

ドゥルヨーダナは五兄弟の人気をねたみ、何度も殺そうとした。やがてユディシュティラは、ドゥルヨーダナの側が仕組んだいかさまの賭けのさいころ遊びに乗り、国も、兄弟も、自分自身も、そして五兄弟の共通の妻ドラウパディーまでも賭けて失った。ドラウパディーは宮廷の大広間に引きずり出され、辱めを受けた。五兄弟は国を追われ、12年間を森で過ごし、さらに1年間を素性を隠して暮らすことになった。
約束の年月が過ぎても、ドゥルヨーダナは国を返さなかった。和平の交渉は決裂し、両軍は北インドのクルクシェートラの野で向き合った。戦いは18日間続き、親族や師どうしが殺し合った。

戦いの前、パーンダヴァ側のアルジュナは、敵の陣に並ぶ祖父や師、いとこたちの姿を見て、彼らに矢を向けることに耐えられなくなった。弓を置いて座り込んだアルジュナに、御者として戦車に乗っていたクリシュナが語りかける。クリシュナは、実はヴィシュヌ神の化身だった。その対話が『バガヴァッド・ギーター』(神の歌)で、全18章、約700の詩節からなる。
クリシュナは、魂は不滅で、殺すことも殺されることもないと説き、戦士として自分のなすべき務めを果たせと言う。行為の結果に執着せず、なすべきことをなせ。成功にも失敗にも心を乱さず、行為そのものを神に捧げよ。ギーターは、行いの道、知の道、神への献身の道を一つにまとめ、ヒンドゥー教の最も大切な聖典の一つになった。ウパニシャッドが説いた、万物の根源と自己は一つだという思想も、ここに取り込まれている。

この物語では、どちらの側も完全な善ではない。正義の側とされる五兄弟も、勝つために卑怯な手を使う。師のドローナを倒すため、ドローナの息子と同じ名の象を殺し、正直者のユディシュティラに、アシュヴァッターマンは死んだと言わせて師を絶望させた。強敵カルナは、戦車の車輪がぬかるみにはまって動けないところを射られた。カルナは実は、五兄弟の母が結婚前に生んだ長兄だった。戦いの終わりには、敵の生き残りが夜襲をかけ、五兄弟の子らを皆殺しにする。
勝った五兄弟が手にしたのは、親族のほとんどが死に絶えた国だった。ユディシュティラは王になったが、喜びは無かった。やがて兄弟たちも王位を譲って最後の旅に出て、ヒマラヤの山道で一人また一人と倒れていく。

叙事詩には、本筋のほかに数多くの物語が組み込まれている。愛する妻を賭けで失いながら再会するナラ王とダマヤンティーの物語や、死神から夫の命を取り戻す賢い妻サーヴィトリーの物語は、それだけで独立して読み継がれてきた。ここにあるものは他にもあるかもしれないが、ここに無いものはどこにも無い、と叙事詩は自らを語っている。
写本は地方ごとに大きく異なり、20世紀には、インドのプネーの研究所が数多くの写本を比べて、原型に近い本文を復元する校訂版を、約半世紀をかけて完成させた。『ラーマーヤナ』と並び、インドの二大叙事詩と呼ばれる。
ギーターは近代になって、インドの外でも読まれるようになった。ガンディーはこれを生涯の指針として繰り返し読んだ。ただしガンディーは、ギーターの戦いを、人の心の中の善と悪の戦いを表したものとして読み、暴力を正当化するものとは受け取らなかった。原子爆弾を作ったマンハッタン計画を率いた物理学者オッペンハイマーは、最初の核実験を見たときにギーターの一節、我は死なり、世界の破壊者なり、を思い浮かべたと後に語っている。

インドでは1980年代の終わりに国営放送が連続ドラマにして、多くの人々を画面の前に集めた。登場人物の名前は、いまも子どもの名付けに使われ、その振る舞いは、正しさとは何か、務めとは何かを論じるときの例として引かれ続けている。