概要
ナントで製粉業を営むスタニスラス・ボードリーが、郊外の浴場へ客を運ぶ馬車を仕立てたところ、途中で乗り降りする者が増えた。運ぶ相手を決めずに、決まった道筋を決まった時刻に走らせる。乗り場が帽子屋の前にあり、その店の看板に「オムネス・オムニブス」(すべての人に)とあったのが名の由来だと伝わる。二年後にはパリで営業が始まり、ロンドン、ニューヨークへ広がった。個別の注文で動く馬車から、路線と時刻表で動く輸送へ。都市交通はここから数えられる。
場所
47.22°N -1.55°E · フランス
本文
**ナント**。
(**1826年**。
〈**——**フランス西部の、**港町**。
**——**人口、**七万ほど**。
**——**そして、**ロワール川の河口**にある**。〉
**——**そこで、**製粉業を営む男**。
〈**——**スタニスラス・ボードリー**(1777〜1830年)。
**——**退役した軍人でもある**。
**——**そして、**蒸気機関で、粉を挽いていた**。〉)
**始まり**。
(——**話は、**風呂から始まる**。
〈**(1)**製粉所の、**余った蒸気**。
**〈——捨てるには惜しい。**
**——それで、**公衆浴場**を作った。**
**——郊外である。〉**
**(2)**そして、**客が来ない**。
**〈——町から、遠い。〉**
**(3)さらに、**馬車を、仕立てた**。
**〈——町の中心から、浴場まで、**無料で運ぶ**。〉**
**(4)そして、**気づいた**。
**〈——客の多くが、**浴場に行かない**。**
**——途中で、乗って、途中で、降りる。**
**——つまり、**移動そのものが、目当てだった**。〉〉**
**——**そこで、**逆にした**。
〈**——**浴場のための馬車ではなく、**
**——**移動のための馬車**にする**。
**——**そして、**運賃を取る**。〉)
**名前**。
(——**乗り場は、**ある店の前にあった**。
〈**——**帽子屋、あるいは、雑貨屋**と伝わる**。
**——**店主の名が、**オムネス**(Omnès)**。
**——**そして、**看板に、こう書いてあった**。
**〈——「Omnes Omnibus」。**
**——ラテン語で、**「オムネスは、すべての人に」**。**
**——「オムニブス」は、**「すべての人のために」**という与格である。〉**
**——**人々が、**「オムニビュスに乗る」と言い始めた**。
**——**そして、**それが、乗り物の名前になった**。〉
**——**由来には、**異説もある**。
〈**——**確実なのは、**この語が、この時期のナントから広まった**ことである**。
**——**そして、**いまも、**バスは、多くの言語で「オムニバス」の系統の語で呼ばれる**。
**〈——英語のbusは、omnibusの後半だけが残ったもの。〉**〉)
**何が、新しかったのか**。
(——**馬車そのものは、**古い**。
〈**——**辻馬車**(貸切)は、17世紀からある**。
**——**駅馬車**(都市間)も、**とうにあった**。
**——**そして、**1662年にパリで、パスカルが、**五ソルの馬車**を走らせている**。
**〈——路線を決めた、乗合馬車。**
**——だが、**貧しい者の乗車を禁じられ**、十五年ほどで消えた。〉〉**
**——**ボードリーのものが、続いたのは、**三つが揃ったから**である**。
〈**(1)**路線**。
**〈——どこを通るかが、**先に決まっている**。〉**
**(2)**そして、**時刻**。
**〈——客が集まるのを、待たない。**
**——空でも、出る。〉**
**(3)さらに、**均一に近い運賃**。
**〈——だれでも、払えば、乗れる。**
**——「すべての人に」。〉〉**
**——**つまり**。
〈**——**個別の注文で動く輸送**から、
**——**路線と時刻表で動く輸送**へ**。
**——**乗る側が、**相手ではなく、時刻に合わせる**ようになった**。〉)
**広がり**。
(**(1)**パリ**。
〈**——**1828年**。
**——**ボードリー自身が、**会社を作って、走らせた**。
**——**そして、**十路線ほどに、増える**。〉
**(2)**そして、**ロンドン**。
〈**——**1829年**。
**——**ジョージ・シリバー**が、パディントンから、シティへ**。
**——**そして、**やがて二階建てになる**。
**〈——屋根の上に、**背中合わせに座る席**(ナイフボード)。**
**——それが、**ダブルデッカー**の祖である。〉〉**
**(3)さらに、**ニューヨーク**。
〈**——**1830年代**。
**——**そして、**レールを敷いた版**が、現れる**。
**〈——馬車鉄道。**
**——同じ馬で、**三倍の荷**を引ける。**
**——石畳の抵抗が、**鉄のレールで、消える**。〉〉**
**(4)そして、**日本**。
〈**——**1869年、**東京〜横浜**。
**——**明治のはじめである**。〉)
**限界**。
(——**馬である**。
〈**(1)**一頭が、**一日に働ける時間は、四時間ほど**。
**〈——一台を動かすのに、**十頭前後**が要る。〉**
**(2)**そして、**餌**。
**〈——都市の周りの農地が、**馬の飼料に、割かれる**。〉**
**(3)さらに、**糞**。
**〈——ロンドンでもニューヨークでも、**街路の糞の処理**が、深刻な問題になった。**
**——一頭が、一日に、**十数キロ**。〉**
**(4)そして、**病**。
**〈——1872年、北米で、**馬インフルエンザ**が流行した。**
**——都市の輸送が、**数週間、止まった**。**
**——人が、荷車を、引いた。〉〉**
**——**だから**。
〈**——**動力を、**馬から、外へ出す**必要があった**。
**——**ケーブル、**蒸気、**そして、**電気**へ**。
**——**路線と時刻表という骨組みは、**そのまま残った**。〉)
**残ること**。
(——**いま、**バスの路線図**を見るとき**。
〈**——**見ているのは、**ボードリーが作った形**である**。
**——**決まった道筋。
**——**決まった時刻。
**——**そして、**だれでも、払えば、乗れる**。〉
**——**「すべての人に」**という看板が**、
〈**——**店主の名字だったのは、**偶然である**。
**——**だが、**その言葉のほうが、**乗り物の性格を、正確に言い当てていた**。〉)