概要
1950年7月、京都の鹿苑寺で修行していた若い僧が、金閣に火を放って焼いた。三島由紀夫はこの事件をもとに、吃音に悩む学僧の溝口が、金閣の美しさにとらわれ、ついにそれを焼くまでを、本人の告白の形で書いた。雑誌『新潮』に1年近く連載され、三島の代表作になった。
場所
京都
35.03°N 135.76°E · 日本・京都府
35.03°N 135.76°E · 日本・京都府
関わった人(1)
三島由紀夫AD1925年1月14日–AD1970年11月25日 · 作者本文
1950年7月2日の未明、京都の鹿苑寺の舎利殿、通称の金閣が燃え上がり、焼け落ちた。火をつけたのは、その寺で修行していた21歳の学僧だった。室町時代から残っていた建物は失われ、5年後に再建される。
三島由紀夫は、この事件を調べ、実際の犯人の境遇をなぞりながら、まったく別の内面を持つ主人公を作り上げた。『金閣寺』は1956年1月から10月まで雑誌『新潮』に連載され、同じ年の10月に新潮社から刊行された。
主人公の溝口は、日本海に面した寒村の寺の子として生まれた。吃音があり、人とうまく話せない。父から、金閣ほど美しいものはこの世にないと聞かされて育ち、父の死後、金閣のある寺に弟子入りする。だが、溝口にとって金閣の美しさは、自分と世界とのあいだに立ちはだかり、人生に踏み出そうとするたびに目の前に現れて、彼を立ちすくませるものになっていく。戦争の末期、空襲で金閣が焼けるかもしれないと思ったとき、溝口は金閣と自分とが同じ運命にあると感じて陶酔する。しかし金閣は焼けずに残り、溝口は取り残される。
友人の柏木の皮肉な哲学、老師との確執を経て、溝口は金閣を焼くことを決意する。作品は、溝口の一人称の回想として語られ、美と行為、生きることの意味を問う三島の主題が、もっとも緊密な形で表れた作品とされる。翌年、読売文学賞を受けた。