概要
1960年代、石油会社は北海の海底を掘り続けたが、空の井戸ばかりで、ノルウェー側からは手を引く会社も出ていた。1969年の暮れ、アメリカのフィリップス石油が、ノルウェー沖でエコフィスクの大油田を掘り当てたと発表する。1971年に生産が始まり、港町スタヴァンゲルは石油の都になった。ノルウェーは国営の石油会社を作り、収入の大きな部分を国が握った。1990年には石油の収入を海外の株や債券で運用する基金を設け、使うのは運用益のほどほどに限った。漁業と海運の国は、欧州で最も豊かな国の一つになった。
場所
58.97°N 5.73°E · ノルウェー・ローガラン県
本文
1950年代の末、オランダのフローニンゲンで巨大なガス田が見つかると、石油会社は北海の海底にも油やガスが眠っているのではないかと考えた。ノルウェーは1960年代のはじめ、北海の海底を沿岸国のあいだで分ける線を決め、自国側の大陸棚の権利を早く確かめた。だが、荒れる北海での掘削は難しく、ノルウェー側で掘った何十本もの井戸は空振りが続いた。
1969年の暮れ、アメリカのフィリップス石油は、撤退を決める直前に掘った井戸で、大きな油田に当たったと発表した。スタヴァンゲルの沖、およそ300キロのエコフィスク油田である。1971年に生産が始まり、翌年にはイギリス側でも大油田が見つかって、北海は世界の産油地の一つになった。
ノルウェーは、石油を外国の会社に任せきりにしない道を選んだ。1972年に国営の石油会社スタトイルを作り、油田の権益の大きな部分を国が持ち、税を高く取った。スタヴァンゲルは石油の都となり、技術者と会社が集まった。海の上の作業は危険で、1980年には居住用の足場が転覆して123人が死ぬ事故も起きている。
資源で急に豊かになった国は、通貨が上がって他の産業が衰える「オランダ病」にかかりやすい。ノルウェーは1990年、石油の収入を国の外の株や債券で運用する基金を作った。2001年には、国の予算に回すのは基金の運用で見込める収益の範囲まで、という決まりも設けた。基金は世界最大級の政府系ファンドに育ち、国民一人あたりに直すと巨額になる。ノルウェーは1972年と1994年の国民投票でヨーロッパ共同体・連合への加盟を退けたが、その選択を支えたのも、石油と漁業の富だった。