時計を一時間進める
概要
イギリスの建築業者ウィリアム・ウィレットは、夏の朝、日が昇っているのに人々が寝ているのを惜しみ、夏のあいだだけ時計を進めようと唱えた。議会は相手にしなかった。実行したのは、第一次世界大戦のさなかのドイツである。1916年4月30日の夜十一時、ドイツとオーストリア=ハンガリーは時計を一時間進めた。夕方の明かりに使う石炭を節約するためだった。三週間後にはイギリスも追いかけた。時計の針は太陽の位置ではなく、国が決めるものになった。日本も占領下の四年間だけ、この制度を試している。
場所
52.52°N 13.40°E · ドイツ
本文
夏の朝は早く明ける。それなのに人々は時計に合わせて寝ていて、明るい朝の時間が使われないまま過ぎていく。その代わりに夜は遅くまで起きて、明かりを灯している。この無駄に目を付けた人は、昔からいた。1784年、パリに滞在していたベンジャミン・フランクリンは、パリの人々が朝寝坊をやめればどれほどのろうそくが節約できるかを計算してみせる手紙を新聞に寄せた。ただしこれは風刺で、朝に鐘を鳴らし大砲を撃って人々を起こせ、という冗談だった。
時計そのものを動かそうと本気で唱えたのは、ロンドンの建築業者ウィリアム・ウィレット(1856〜1915年)である。夏の早朝、馬に乗ってロンドン郊外を走っていると、日はとうに昇っているのに家々の鎧戸は閉まったままだった。それに気づいたのがきっかけだった、と言われている。1907年、彼は自費で『日光の浪費』という小冊子を出した。4月の日曜日ごとに時計を20分ずつ4回進め、秋に同じように戻す、という案だった。起きる時刻は時計の上では同じでも、太陽に対しては早くなる。夕方の明るい時間が増え、人々は外で過ごせ、明かりの費用も減る、というのである。

ウィレットの案は議会で何度も取り上げられ、若いウィンストン・チャーチルも支持した。だが法案は通らなかった。農家が強く反対したからである。牛は時計ではなく太陽に合わせて乳を出すし、朝露が乾かないうちは刈り入れもできない。時計だけ動かしても、農作業の時刻は変えられない。毎年二度時計をいじる面倒を嫌う声もあった。ウィレットは1915年、自分の案が実現するのを見ないまま死んだ。
実行したのは、第一次世界大戦のさなかのドイツだった。第一次世界大戦が長引くにつれ、石炭は足りなくなっていた。石炭は軍艦と兵器の工場に回したい。家庭や工場の夕方の明かりに使う石炭を、少しでも減らせないか。時計を進めれば、夕方の明るいうちに仕事が終わり、明かりを灯す時間が短くなる。1916年4月30日の夜11時、ドイツとその同盟国オーストリア=ハンガリーは、時計の針を1時間進めて真夜中にした。国として夏時間を始めた最初の例とされる。地域としては、1908年にカナダのある町が先に試していた。

敵国に先を越されたイギリスは、3週間後の5月21日に夏時間を始めた。ウィレットの国が、ドイツの後を追ったことになる。フランスやイタリアなど交戦国の多くがこれに続き、アメリカも参戦後の1918年に取り入れた。どれほど石炭が節約できたのかは、はっきりしない。照明の電気が増えつつあった時代で、効果を測るのは難しかった。
戦争が終わると、多くの国が夏時間をやめた。アメリカでは農家の反対が強く、1919年に議会が廃止を決めた。大統領ウィルソンは拒否権を使ったが、議会はそれを覆している。夏時間を続けるかどうかは、町や州の判断に任され、同じ地域でも町ごとに時刻がずれる混乱が生まれた。

第二次世界大戦が始まると、各国はまた夏時間を取り入れた。イギリスは戦争中、夏には2時間進める「二重の夏時間」まで使った。そして戦後も、ヨーロッパや北アメリカの多くの国が夏時間を続けた。夕方の明るさは、余暇や買い物の時間として歓迎されるようになっていた。
日本も一度、この制度を試している。1948年、占領下で連合国軍総司令部の勧めにより、5月から9月まで時計を1時間進める夏時間が始まった。だが評判は悪かった。明るいうちに仕事を終えられるどころか、働く時間が延びただけだ、寝不足になる、という不満が多かった。夏時間は1951年の夏を最後に行われず、翌1952年、独立の回復を前に、法律そのものが廃止された。その後も、省エネルギーや東京オリンピックの暑さ対策として導入が何度か議論されたが、そのたびに見送られている。
夏時間は、時刻についての考え方を変えた。それまで、時計の針は太陽に従うものだった。19世紀には鉄道と標準時が、町ごとにばらばらだった時刻を国の時刻にまとめたが、それでも正午は、おおよそ太陽が南にあるときだった。夏時間は、そのつながりを外した。時刻は太陽の位置ではなく、国が決めるものになった。それも、戦争の都合で決まることがあった。
いま、ヨーロッパ連合では、年に二度の切り替えをやめるかどうかが話し合われている。2019年には欧州議会が廃止を決めたが、夏時間と冬時間のどちらに固定するかで国々の考えがまとまらず、実現していない。切り替えの直後に事故や体調の悪化が増えるとする研究もある。ドイツが時計を進めてから100年あまり。時刻を誰がどう決めるかは、いまも政治の問題であり続けている。