できごと

エスカレーター

The escalator
AD1896年
重要度 4
大英帝国カナダアメリカ合衆国アメリカ合衆国グリーンランドメキシコスペイン帝国スペイングレートブリテン及びアイルランド連合王国ホンジュラスグアテマラAD1896年ニューヨーク
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1896年の版図を描いています(11勢力)。

概要

コニーアイランドの遊園地に、傾いた板が環になって回り続ける乗り物が置かれた。乗る人は横向きに座り、坂を運ばれる。遊具として作られたそれが、まもなく段の付いた形になり、デパートの階段脇に置かれる。止まらずに流れ続けるので、待ち行列ができない。エレベーターが一度に運ぶ人数で限られるのに対し、こちらは人の流れそのものを上下させる。売り場を上の階まで見せたい商業建築と相性がよく、地下鉄の深い駅を実用にしたのも、この仕組みだった。

場所

ニューヨーク
40.71°N -74.01°E · アメリカ合衆国

本文

1896年、ニューヨークの海辺の遊園地コニーアイランドに、奇妙な乗り物が置かれた。斜めに張られた板の帯が環になって回り続け、乗った人を坂の上へ運んでいく。作ったのは発明家ジェシー・リノ(1861〜1934年)で、彼はこれを「傾斜昇降機」と呼んだ。傾きは二十五度ほど、段は無く、滑らかな帯に乗るだけの仕掛けである。見物と面白半分の客が押し寄せ、二週間で七万人を超える人が乗ったと伝えられる。最初の役割は、移動の道具ではなく遊具だった。

同じ頃、チャールズ・シーバーガーという技術者が、別の人が特許を取っていた設計を買い取って改良し、乗る面に平らな段をつけた。彼はエレベーターの会社オーチス社と手を組み、1900年のパリ万国博覧会に出品して一等の賞を得た。名前の「エスカレーター」は、シーバーガーの造語である。ラテン語の「階段」に由来する語とエレベーターを混ぜ合わせたもので、長くオーチス社の商標だった。ところが1950年、アメリカでこの商標は失われる。言葉が普通名詞として広まりすぎ、会社自身も広告でそのように使っていた、と判断されたのである。アスピリンやセロファンも、同じように商標から普通の言葉になった。

現代のエスカレーター(台北捷運忠孝復興駅構内)
現代のエスカレーター(台北捷運忠孝復興駅構内)Wikimedia Commons Howard61313 · CC0

エスカレーターとエレベーターの違いは、運び方にある。エレベーターは箱が来るのを待たなければならない。エスカレーターは流れ続けていて、待ち行列ができない。エレベーターが運べる人数は箱の大きさと往復の回数で決まるが、エスカレーターは途切れずに流れる人の量で決まり、一時間に数千人を運べる。同じ人数をエレベーターで運ぼうとすれば、何台も要る。止まっても階段として歩いて上れるし、箱の中に閉じ込められることもない。そして、乗っているあいだ周りが見える。この最後の点が、商業建築にとって決定的だった。

エスカレーターは、すぐにデパートに入った。ロンドンのハロッズは1898年にリノ式の動く坂を据え付け、怖がる客のために上で気付けのブランデーを用意したと伝えられる。日本では1914年、東京・日本橋の三越の新館に設けられたのが早い例として知られる。客を上の階へ運ぶことは、売り場を上へ広げることだった。それまで二階より上には客がなかなか上がってこなかった。エスカレーターなら、客は運ばれながら各階の売り場を目にし、そのまま降りて品物を見て回る。見せながら運ぶことは、エレベーターの閉じた箱にはできない。19世紀半ばに生まれたボン・マルシェのような百貨店は、エスカレーターを得て、建物全体を一つの売り場に変えた。

踏板
踏板Wikimedia Commons おむこさん志望 · CC BY 2.5

もう一つの大きな用途は、地下鉄だった。ロンドンの地下鉄は深い地中を掘って走る路線が多く、階段ではとても上り下りできない。エレベーターでは運べる人数が足りない。1911年、アールズ・コート駅にロンドンの地下鉄で最初の常設のエスカレーターが設けられた。このとき、義足の男を雇って一日中乗り降りさせ、安全さを見せたという話が伝わっている。当時の新聞に書かれた逸話だが、会社の記録では確かめられていない。深い駅を実用にしたのは、このエスカレーターだった(ロンドン地下鉄の開業)。

エスカレーターには、地域ごとの習慣も生まれた。急ぐ人のために片側を空けておく習慣である。ロンドンでは右に立って左を空け、東京では左に立ち、大阪では右に立つ。なぜそうなったのかには諸説があり、はっきりしない。近年は、片側を空けるより両側に立って止まって乗るほうが多くの人を運べるという試験が、ロンドンの駅などで繰り返され、実際に流れる量が増えた。それでも、身についた習慣はなかなか変わらない。エスカレーターの上で歩くことが、段の傷みや事故につながるとして、立ち止まって乗るよう呼びかける自治体も出てきた。

駆動ローラ
駆動ローラWikimedia Commons I would appreciate being notified if you use my work outside Wikimedia. More of my work can be found in my personal gall · CC BY 3.0

動き続ける機械に、人がじかに乗る。それだけに事故も起きた。段の端の櫛の歯に、子どもの柔らかい靴や指が挟まれる。手すりと壁のあいだに体が挟まる。2008年には、東京ビッグサイトで、人で満員になった上りのエスカレーターが止まって逆に流れ、多くのけが人が出た。段の縁の黄色い線、細かくなった櫛の歯、上下の非常停止ボタンは、そうした事故の積み重ねから生まれた。

エスカレーターの発想は、人を一人ずつではなく流れとして扱うことにある。列をそのまま上へ移し、待つ時間を無くす。同じ発想で水平に人を運ぶのが動く歩道である。どちらも、最初は博覧会や遊園地の見世物として人を集めた。面白いから人が乗った。面白さが薄れた頃には、それ無しでは駅もデパートも回らない、無いと困るものになっていた。

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