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Event / できごと

ドルトンの原子論

Dalton's atomic theory
AD1808年
重要度 4
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このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1808年の版図を描いています(21勢力)。

概要

物はそれ以上分けられない粒でできている、という考えは古代ギリシャからあったが、確かめようのない哲学の話だった。マンチェスターの教師ジョン・ドルトンは、気体の性質や、物が一定の重さの割合で結びつくことを説明するため、元素ごとに決まった重さの原子があると考えた。1808年からの著作で、原子の相対的な重さの表を示す。原子は、数えて量ることのできる化学の単位になった。のちの周期表も、この重さを並べることから生まれた。

場所

マンチェスター
53.48°N -2.24°E · イギリス・イングランド

本文

確かめようのない粒。

物は、それ以上分けられない粒でできている。

(1)その考えは、古代ギリシャからあった。〈——ルクレティウスも歌った。〉

(2)そして、確かめようのない哲学の話だった。

重さのある原子。

マンチェスターの教師ジョン・ドルトン。

(1)気体の性質を説明しようとした。

(2)そして、物が一定の重さの割合で結びつくことを説明しようとした。

(3)さらに、元素ごとに決まった重さの原子があると考えた。

1808年からの著作で、原子の相対的な重さの表を示した。

残ること。

原子は、数えて量ることのできる化学の単位になった。

ラヴォワジエ『化学原論』の元素の考えを、粒の考えにつないだ。のちの周期表も、この重さを並べることから生まれた。

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