概要
戦争中、日本軍は各地に慰安所を設け、朝鮮半島をはじめアジアの各地から集められた女性たちが、兵士の相手をさせられた。戦後、長いあいだ、その経験は語られなかった。1991年8月14日、韓国の金学順が、元慰安婦として初めて名乗り出て証言する。各地で名乗り出る人が続いた。1993年、日本の政府は、軍の関与と強制性を認めて謝罪する談話を出す。一方で、連行の強制をめぐる議論は続き、日韓のあいだの大きな争点になっている。
場所
ソウル
37.57°N 126.98°E · 韓国
37.57°N 126.98°E · 韓国
本文
語られなかった経験。
戦争中、日本軍は各地に慰安所を設けた。
(1)朝鮮半島をはじめアジアの各地から集められた女性たちが、兵士の相手をさせられた。
(2)そして、戦後、長いあいだ、その経験は語られなかった。
1991年8月14日。
韓国の金学順が、元慰安婦として初めて名乗り出て証言した。
(1)各地で、名乗り出る人が続いた。
(2)そして、1993年、日本の政府は、軍の関与と強制性を認めて謝罪する談話を出した。
残ること。
連行の強制をめぐる議論は続いた。
(1)日韓のあいだの大きな争点になっている。
(2)そして、日韓基本条約で「解決済み」とされた請求を、個人の声が問い直した。
(3)さらに、戦時の性暴力を国際的な人権の問題として扱う流れを作った。