気候のための学校ストライキ
概要
15歳が議会の前に一人で座った。1年後、同じ日に世界で400万人が歩いた。「あなたたちは私たちの未来を盗んでいる」。
場所
59.33°N 18.07°E · スウェーデン
関わった人(1)
グレタ・トゥーンベリAD2003年1月3日–? · 始めた本文
2018年の夏、スウェーデンは記録的な暑さに見舞われ、北の森では大きな山火事が続いた。9月には総選挙が控えていた。ストックホルムに住む15歳のグレタ・トゥーンベリは、数年前に気候変動のことを知ってから、ふさぎ込むほど悩んできた。家族には肉を食べるのをやめさせ、飛行機に乗るのもやめさせていた。
母はオペラ歌手、父は俳優という家に育った。8歳ごろ学校で気候変動の話を聞き、大人たちがなぜ本気で動かないのか分からなかったと語っている。11歳のころには食事も会話もできなくなるほど落ち込み、そのころアスペルガー症候群と診断された。

8月20日、新学期の初日、彼女は学校へ行かずに国会議事堂の前に座った。手描きの板に「気候のための学校ストライキ」と書いてあった。春にアメリカのパークランドで銃撃事件があり、生徒たちが授業を抜けて抗議したことに倣ったと、後に本人が語っている。最初の日は一人で、通りかかる人の多くは目もくれなかった。
選挙の日まで、毎日座った。選挙が終わると、金曜日だけ座ることにした。その写真がSNSで広まり、ほかの国の生徒が真似を始めた。オーストラリア、ベルギー、ドイツ。運動は「未来のための金曜日」と呼ばれるようになり、12月にはポーランドの国連気候会議で彼女が演説した。

カトヴィツェの会議で、彼女は各国の代表に向かって言った。あなたたちは、ありのままを話せるほど大人ではない。その重荷さえ子どもたちに負わせている。15歳の短い演説の映像は、会議のどの発言よりも多く見られた。
2019年3月15日、最初の世界一斉のストライキが行われた。主催者の発表では百数十か国で百万人を超える若者が参加した。9月20日には、国連の気候サミットに合わせて二度目の一斉行動が呼びかけられ、主催者の発表で400万人が街を歩いた。気候変動をめぐるデモとしては、それまでで最大の規模である。

彼女はそのサミットに出るため、飛行機を使わず、帆走のヨットで2週間かけて大西洋を渡った。9月23日、ニューヨークの国連本部で各国の首脳を前に、怒りを隠さずに語った。あなたたちは空っぽの言葉で私の夢と子ども時代を奪った、よくもそんなことができますね、と。この「よくも」の一言は、世界中で繰り返し引用された。
訴えていたことは単純だった。科学者の言うことを聞いてほしい。IPCCの設立から30年、各国は京都議定書やパリ協定で約束を交わしてきたが、排出は減っていない。約束どおりに動けば、それでいい。

反発も強かった。子どもを政治に利用している、感情に訴えるばかりで具体策が無い、学校に戻れ。各国の政治家が名指しで彼女を揶揄した。本人は、自分は専門家ではないから専門家の話を聞けと言っているのだ、と答えた。アスペルガー症候群であることを公表しており、批判が外見や病名に向かうと、人と違うことは「超能力」だと書いた。
政治の側にも変化があった。2019年にはイギリスやアイルランドの議会、続いて欧州議会が「気候非常事態」を宣言した。アメリカの雑誌タイムは、その年の「今年の人」に彼女を選んだ。史上最年少である。もちろん、彼女一人がそれを動かしたわけではないが、街に出た若者の数が政治家に無視できない圧力になったことは確かだった。

2023年6月、高校を卒業した彼女は、最後の学校ストライキを終えたと書いた。生徒ではなくなったからで、運動そのものはやめていない。
2020年、感染症の流行で大勢が集まる行動はできなくなり、運動はオンラインに移った。同じ規模の行進は、その後は戻っていない。それでも、一人で座った少女の姿は、気候の問題を若い世代の問題として世界に見せた。「将来の世代」はもう将来の話ではなく、議会の前に座っている、と。