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Event / できごと

バークとウィルズの大陸縦断

Burke and Wills expedition
AD1860年8月20日 – AD1861年
期間を持つできごと重要度 3
大英帝国New South Walesパプアの人びとマオリMarduPintupiオランダ領東インドWatjarriWarlpiriNyanganyatjaraMirningKokathaKalaamayaNyangumardaWawulaNgatatjaraNgaanyatjarraMandjindjaWangkathaaKalaako/MalpaLuritjaオーストラリア先住民(狩猟採集)YankuntjatjaraNakakoWiranguArrerntePitjantjatjaraWudjariAD1860年8月20日クーパー川(位置は特定されていない)
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1860年8月20日の版図を描いています(28勢力)。

概要

1860年8月20日、ロバート・バークとウィリアム・ウィルズの一行は、ラクダを連れてメルボルンを発ち、オーストラリアの南から北の海まで、内陸を縦断しようとした。北の海に近い河口の湿地にたどり着いたものの、クーパー川の基地に戻ったのは、待っていた仲間が引き揚げたわずか九時間後だった。二人はその近くで飢えて死ぬ。ただ一人生き残ったキングは、土地の先住民ヤンドルワンダの人々に食べ物を分けてもらい、救われた。その土地で生きる知恵が、探検隊には無かった。

場所

クーパー川位置は特定されていない(誤差 ±km)
-27.62°N 141.08°E · オーストラリア・クイーンズランド州

本文

1850年代のゴールドラッシュで豊かになったヴィクトリア植民地は、大陸の内陸がどうなっているのかを知りたがった。南の海岸から北の海岸まで縦断する道が見つかれば、電信の線を引き、牧場を広げられる。1860年、植民地の学会が探検隊を組み、警察官だったロバート・オハラ・バークを隊長に選んだ。内陸を旅した経験は無かった。

8月20日、隊はメルボルンの公園を、群衆に見送られて発った。十九人の隊員、インドから連れてきたラクダ、二十トンの荷物。荷の多さに進みは遅く、バークは苛立って隊を分け、身軽な四人で先を急いだ。測量を担ったウィリアム・ウィルズ、ジョン・キング、チャールズ・グレイである。1861年2月、彼らは北のカーペンタリア湾に近い河口にたどり着いたが、マングローブの湿地に阻まれて、海そのものは見られなかった。

帰り道で食べ物が尽き、グレイが死んだ。4月21日の夜、三人がクーパー川の基地に戻ると、そこで待っていた仲間はその日の朝に引き揚げていた。木の幹に「掘れ」と刻まれ、根元に食べ物が埋めてあった。行き違いはわずか九時間だった。弱った三人は後を追えず、6月の終わりごろ、バークとウィルズは死んだ。

キングだけが生き延びた。その土地に住むヤンドルワンダの人々が、魚と、ナルドゥというシダの胞子の粉で作った食べ物を分けてくれたのである。探検隊もナルドゥを食べていたが、正しい処理の仕方を知らず、かえって体を弱らせていたと考えられている。救援の隊が9月にキングを見つけた。二人の葬儀はメルボルンで盛大に行われ、失敗した探検はオーストラリアの英雄の物語になった。

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