概要
オマーンのスルタンが本国からここへ都を移した。丁子の農園と東アフリカ最大の奴隷市場が同じ島にあり、内陸から運ばれた人がそこで売られた。
場所
ザンジバル
-6.17°N 39.20°E · タンザニア
-6.17°N 39.20°E · タンザニア
本文
オマーンのスルタンが、本国から都を移した。
マスカットより、こちらのほうが豊かだった。
丁子(クローブ)の農園を作らせた。 世界の生産の大半を占めるまでになる。
その農園で働いたのが、奴隷になる。
同じ島に、東アフリカ最大の奴隷市場があった。
内陸から、隊商が人と象牙を運んでくる。 ティップー・ティップのような交易商が、 数千キロ奥まで入り込んだ。
年に数万人が売られたとされる。
イギリスが圧力をかけ、 1873年に市場が閉鎖された。
その跡に、英国国教会の大聖堂が建てられている。 祭壇の位置が、鞭打ちの柱があった場所になる。
丁子の農園は残った。 奴隷制の廃止後も、労働の形を変えて続く。