概要
東北の八戸で医者をしていた安藤昌益は、飢饉に苦しむ農民を見て、自ら耕さずに食べる者を厳しく批判した。武士も僧も学者も、耕さずに他人の作ったものを食べる泥棒だと言う。誰もが自分で土を耕し、上下の差の無い世の中こそ、自然の真の姿だと説いた。1753年ごろの著作の一部が刊行されたが、ほとんど知られないまま忘れられる。明治になって原稿が見つかり、封建の世に平等を唱えた思想家として再び光が当てられた。
場所
八戸
40.51°N 141.49°E · 日本・青森県
40.51°N 141.49°E · 日本・青森県
本文
耕さずに食べる者。
東北の八戸で医者をしていた安藤昌益。
(1)飢饉に苦しむ農民を見た。
(2)そして、自ら耕さずに食べる者を、厳しく批判した。
(3)さらに、武士も僧も学者も、他人の作ったものを食べる泥棒だと言った。
自然の真の姿。
誰もが自分で土を耕す。
上下の差の無い世の中こそ、自然の真の姿だと説いた。
忘れられた原稿。
1753年ごろの著作の一部が刊行された。
(1)だが、ほとんど知られないまま忘れられた。
(2)そして、明治になって原稿が見つかった。
残ること。
封建の世に平等を唱えた思想家として、再び光が当てられた。
ルソー『社会契約論』のルソーとほぼ同じ頃に、東北の町医者が、別の道で平等を考えていた。