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Event / できごと

YouTubeの開設

YouTube
AD2005年
重要度 3
カナダアメリカ合衆国アメリカ合衆国メキシコニカラグアホンジュラスキューバグアテマラAD2005年サンマテオ
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD2005年の版図を描いています(8勢力)。

概要

2005年、カリフォルニアで、決済の会社ペイパルにいた三人の若者が、誰でも動画を載せて、誰でもブラウザで見られるサイトYouTubeを作った。最初の動画は、動物園の象の前で共同創業者が話す19秒のものだった。回線が速くなり、デジタルのカメラが安くなった時代に、動画を放送局を通さずに世界に届ける道が開けた。翌年、グーグルが買い取る。個人が作った動画が、テレビの番組と同じように、あるいはそれ以上に見られるようになり、動画で稼ぐ人も現れた。

場所

サンマテオ
37.56°N -122.33°E · アメリカ・カリフォルニア州

本文

2000年代の初め、インターネットで動画を見るのは面倒なことだった。動画を見るには専用のソフトを入れる必要があり、自分の撮った動画を人に見せるには、大きなファイルをメールで送るしかなかった。一方で、回線は速くなり、デジタルのカメラや、動画の撮れる携帯電話が安くなっていた。

決済の会社ペイパルで働いていたチャド・ハーリー、スティーブ・チェン、ジョード・カリムの三人は、誰でも動画を載せて、ブラウザでそのまま見られるサイトを作ることにした。2005年2月、サンマテオで会社を作り、4月23日、最初の動画を載せる。カリムが動物園の象の前で、鼻が長いと話すだけの19秒の動画だった。

サイトは爆発的に伸びた。テレビ番組の場面を切り取った動画も多く載り、著作権をめぐる訴えも相次いだ。2006年10月、グーグルがYouTubeを16億5千万ドルで買い取る。広告の収入を動画を作った人と分ける仕組みができ、動画で暮らしを立てる人が生まれた。子どもたちのなりたい仕事に「ユーチューバー」が挙がるようになる。

YouTubeは、放送局を通さずに映像を世界へ届ける道を開いた。アラブの春では、市民が携帯電話で撮った弾圧の映像が世界に流れた。「江南スタイル」は、この場所で10億回見られた。一方で、見る人を長く引き留めるために、より刺激の強い動画を薦める仕組みが、根拠の無い噂や過激な考えを広げるという批判も受けている。

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