概要
1989年11月20日、国際連合の総会は、子どもの権利条約を全会一致で採択した。18歳未満のすべての人を子どもとし、生きる権利、育つ権利、守られる権利に加えて、自分に関わることに意見を言い、その意見を年齢と成熟に応じて重んじられる権利を認めた。子どもを、大人に守られるだけの存在ではなく、権利を持つ一人の人として扱う条約である。条約を作るきっかけはポーランドの提案で、そこには子どもの権利を唱えた医師コルチャックの記憶があった。条約は世界で最も多くの国が加わる人権の条約になり、日本は1994年に批准した。
場所
40.71°N -74.01°E · アメリカ合衆国
本文
1924年の子どもの権利に関するジュネーヴ宣言(セーブ・ザ・チルドレンと子どもの権利の宣言)と、1959年の国連の子どもの権利宣言は、子どもを守ることを大人と国の務めとしてうたったが、法的な拘束力は無かった。1978年、ポーランドの政府は、翌年の国際児童年に合わせて、子どもの権利を条約にすることを国連に提案した。
ポーランドには、ヤヌシュ・コルチャックの記憶があった。小児科医で作家のコルチャックは、ワルシャワで孤児院を営み、子どもたち自身が議会と裁判所を運営する仕組みを作り、子どもは未来の人ではなく、今日を生きる人だと説いた。1942年、彼はナチ・ドイツの手で孤児院の子どもたちとともに絶滅収容所へ送られた。逃げる機会を断り、子どもたちと一緒に列車に乗ったと伝えられる。
条約の起草には10年かかった。東西の対立のなかで、自由と権利を重んじる西側と、教育や福祉を受ける権利を重んじる東側の考えを調整しなければならなかった。1989年11月20日、ジュネーヴ宣言から65年、子どもの権利宣言から30年のこの日、国連の総会は条約を全会一致で採択し、条約は翌1990年9月に発効した。
条約は、18歳未満のすべての人を子どもと定め、差別されないこと、子どもの最善の利益を第一に考えること、生きて育つ権利、意見を表す権利という四つの原則を掲げた。子どもは、名前と国籍を持ち、親と暮らし、教育を受け、遊び、休む権利を持つ。暴力や虐待、経済的な搾取、性的な搾取から守られ、15歳未満の子どもを兵士にしてはならない。なかでも、子どもが自分に関わることについて自由に意見を表し、その意見が年齢と成熟に応じて正当に重んじられる権利は、子どもを権利の主体として扱う、この条約の新しさを示す条文だった。
条約は、世界で最も多くの国が加わった人権の条約になり、締約していない国連の加盟国はアメリカだけである。日本は1994年に批准した。条約が求める子どもの権利をまとめて定める国内の法として、日本では2023年に、こども基本法が施行された。