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Event / できごと

少年ジャンプの創刊

Weekly Shōnen Jump
AD1968年
重要度 3
ソビエト連邦中国モンゴルチベットビルマ大英帝国タイ日本ベトナムラオスフィリピンカンボジア朝鮮民主主義人民共和国大韓民国AD1968年東京
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1968年の版図を描いています(14勢力)。

概要

1968年、集英社は、先に出ていた少年マガジンと少年サンデーを追って、月二回の漫画誌『少年ジャンプ』を創刊した。後発で有名な漫画家を集められなかったため、新人を育てて連載させる道を選ぶ。翌年には週刊になった。読者のはがきの人気の順位で連載を続けるかを決める、厳しい仕組みでも知られる。「友情・努力・勝利」を柱に、『ドラゴンボール』や『ONE PIECE』を生み、1995年には一号で653万部を売った。日本の漫画が世界に広がる道筋の、大きな一本になった。

場所

東京
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都

本文

1959年、講談社の『週刊少年マガジン』と小学館の『週刊少年サンデー』が、同じ日に創刊された。1960年代の後半、漫画は子どもだけでなく学生の読み物にもなり、「右手にジャーナル、左手にマガジン」と言われた。集英社はこの二誌を追って、1968年、月二回の漫画誌『少年ジャンプ』を出した。

後から出た雑誌には、人気の漫画家が描いてくれない。そこで編集部は、新人を見つけて専属の契約を結び、育てることにした。永井豪の『ハレンチ学園』、本宮ひろ志の『男一匹ガキ大将』が当たり、1969年には週刊になる。読者に「友情」「努力」「勝利」のうちどれがいちばん心に残るかを尋ねた結果が、雑誌の柱になった。

読者はがきによる人気の順位で、連載を続けるか打ち切るかを決める。この厳しい仕組みは、描き手を追い込みもしたが、読者の反応に敏感な誌面を作った。1970年代から80年代にかけて、『ドラゴンボール』『北斗の拳』『キャプテン翼』『SLAM DUNK』が載り、1995年には一号で653万部を売って、日本の雑誌の最高の記録を作る。

ここから生まれた作品は、アニメになって海外で放送され、世界の子どもたちが日本の漫画を読む入口になった。『ONE PIECE』の単行本は、一人の作者による漫画の発行部数で世界一として記録されている。

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