概要
自動車の修理工場から身を起こした本田宗一郎は、戦後、軍の払い下げの小さなエンジンを自転車に取り付けて売り出した。1948年、浜松に本田技研工業を作る。のちの小型のオートバイ、スーパーカブは、蕎麦屋の出前が片手で運転できるように作られ、世界で最も多く作られた乗り物の一つになった。世界の二輪の大きなレースに挑み、勝ち続ける。町工場の技術者が、戦後の日本の工業を世界へ連れ出した。
場所
浜松
34.71°N 137.73°E · 静岡県浜松市
34.71°N 137.73°E · 静岡県浜松市
本文
自転車にエンジン。
自動車の修理工場から身を起こした本田宗一郎。
(1)戦後、軍の払い下げの小さなエンジンを、自転車に取り付けて売り出した。
(2)そして、1948年、浜松に本田技研工業を作った。
片手で出前。
のちの小型のオートバイ、スーパーカブ。
(1)蕎麦屋の出前が、片手で運転できるように作られた。
(2)そして、世界で最も多く作られた乗り物の一つになった。
レースへ。
世界の二輪の大きなレースに挑んだ。
そして、勝ち続けた。
残ること。
町工場の技術者が、戦後の日本の工業を世界へ連れ出した。
同じ浜松で、動く像を電気で送るの年に高柳健次郎がテレビの像を映している。ものづくりの町の系譜である。