概要
国際連合の専門機関として発足した。憲章の前文に、いまも引かれる定義がある。「健康とは、単に病気や虚弱でないということではなく、身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態である」。そして「到達しうる最高水準の健康を享受することは、すべての人間の基本的権利の一つである」。天然痘の根絶(1980年宣言)を成し遂げ、ポリオを追い、結核とマラリアと戦い、そして加盟国の政治と予算に絶えず縛られてきた。
場所
46.20°N 6.14°E · スイス(CERN・国際機関)
本文
国際的な保健の協力は、19世紀に始まった。
きっかけは**コレラ**である。1817年からインドを出て、世界に7回の大流行を起こした。船と鉄道が、病を速く運ぶようになった。
各国は検疫を行ったが、期間も方法もばらばらで、貿易の妨げになった。1851年、パリで**第1回国際衛生会議**。12か国。以後、断続的に14回開かれた。
(第1回では、コレラの原因すら合意できなかった。細菌説が確立するのは、1883年のコッホのコレラ菌発見の後である。)
その後の組織。
- 1902年、**汎米衛生局**(ワシントン。現在の汎米保健機構。現存する最古の国際保健機関) - 1907年、**国際公衆衛生事務局**(パリ) - 1923年、**国際連盟保健機関**(ジュネーヴ)
第二次大戦後、これらを統合する話が出た。
**1945年**、サンフランシスコの国連創設会議。ブラジルと中国の代表が、保健の国際機関を作ることを提案した。憲章には「保健」の語すら入っていなかった。提案は、口頭で議事に加えられた。
**1946年7月22日**、ニューヨークで、61か国が世界保健機関憲章に署名した。
**1948年4月7日**、26か国目の批准が済み、憲章が発効した。この日が「世界保健デー」になっている。
**憲章前文**。
「健康とは、身体的、精神的および社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病または病弱の存在しないことではない。
到達しうる最高水準の健康を享受することは、人種、宗教、政治的信条、経済的または社会的条件の差別なしに、**すべての人間の基本的権利の一つ**である。
すべての人民の健康は、平和と安全を達成する上での基礎であり、個人と国家の完全な協力に依存する。……
各国政府は、自国民の健康に対して責任を負う。この責任は、十分な保健的および社会的措置を提供することによってのみ、果たされる」。
この定義(1946年に書かれ、以後改訂されていない)は、いまも引用され、そして議論されている。「完全に良好な状態」という基準は高すぎる、それでは誰も健康ではない、という批判がある。
**天然痘**。
WHOの最大の成果。
1958年、ソ連の代表ヴィクトル・ジダーノフが、根絶計画を提案した。1967年、集中的な計画が始まった。当時、年間1000万〜1500万人が罹り、200万人が死んでいた。
方法は、全員へのワクチン接種ではなく、**封じ込め接種**(サーベイランス・アンド・コンテインメント)だった。患者が出たら、その周囲の人だけを徹底的に接種する。
1975年、バングラデシュのラヒマ・バヌ(3歳)が、自然感染の最後の大痘瘡の患者。1977年、ソマリアのアリ・マオ・マーラン(病院の調理人)が、最後の小痘瘡の患者。
(1978年、バーミンガムの大学の研究室から漏れて、写真家ジャネット・パーカーが感染して死んだ。研究室の責任者は自殺した。)
**1980年5月8日**、第33回世界保健総会が、根絶を宣言した。
人類が意図的に絶滅させた、最初の——そして人の病では唯一の——感染症である。
(牛の疫病、牛疫が2011年に根絶された。)
**その他の仕事**。
- **必須医薬品リスト**(1977年〜)。限られた予算で、どの薬を優先するか。各国の医薬品政策の基準になった。 - **国際疾病分類(ICD)**。死因と病名の共通の言葉。 - **アルマ・アタ宣言**(1978年)。「2000年までにすべての人に健康を」。プライマリ・ヘルス・ケア。 - ポリオ根絶計画(1988年〜。99.9%まで減ったが、まだ終わっていない)。 - **たばこ規制枠組条約**(2003年)。WHOが作った初めての条約。
**限界**。
WHOは加盟国の集まりであり、加盟国の政治と、拠出金に縛られる。
予算の大部分が、使途を指定された任意拠出金である。つまり、資金の出し手(一部の国と、ゲイツ財団のような民間の財団)の優先順位が、事業の内容を左右する。
批判を受けた場面。
- 2009年の新型インフルエンザで、「パンデミック」の宣言が製薬会社の利益に沿ったものではないか、という疑い。 - 2014年の西アフリカのエボラで、対応の遅れ。内部の報告書が「初期対応の失敗」を認めた。 - 2020年のCOVID-19で、中国への配慮と、初期の情報の扱いをめぐる批判。アメリカが一時、脱退を通告した。
それでも、感染症の情報を国境を越えて集め、共有する場所は、ほかにない。
2005年の**国際保健規則**の改定で、加盟国は「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を報告する義務を負っている。