できごと

SARSの流行

SARS outbreak
AD2003年
重要度 3
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このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD2003年の版図を描いています(25勢力)。

概要

広東で出た新しいコロナウイルスが、香港のホテルの一つの階から世界に散った。29の国と地域、8000人、774人が死んだ。WHOが渡航警告を出し、中国が隠したことが分かった。17年後の新型と同じ仲間。あのとき止められたことが、次は止められなかった。

場所

香港
22.32°N 114.17°E · 中国・香港特別行政区

本文

2002年11月、中国南部の広東省の仏山で、原因の分からない重い肺炎の患者が出た。のちに分かる限りで最初の患者とされている。12月にかけて、同じ省の河源や中山でも患者が出て、「非典型肺炎」と呼ばれた。2003年1月には省都の広州に広がり、患者を診た医師や看護師が次々に感染した。だが当局は情報を抑え、2月に入ってようやく、広東省では305人の患者と5人の死者が出たが、流行は収まりつつあると発表した。省の外の人々も、世界も、何が起きているのかをほとんど知らなかった。

流行が世界に飛び出したのは、2月21日のことだった。広州で患者を診ていた64歳の医師、劉剣倫が、親族の結婚式に出るために香港に来て、九竜のメトロポールホテルの9階に一晩泊まった。彼はすでに発熱していた。翌日、彼は病院に担ぎ込まれ、3月の初めに亡くなった。同じ階に泊まっていた客たちが感染し、シンガポール、ベトナムのハノイ、カナダのトロント、そして香港の各地へ散った。このホテルから広がった感染は十数人以上にのぼり、そこから世界の流行の大半が連なっていった。

コロナウイルスの電子顕微鏡写真
コロナウイルスの電子顕微鏡写真Wikimedia Commons Photo Credit: Content Providers(s): CDC/Dr. Fred Murphy · Public domain

香港では、感染した客が入院したプリンス・オブ・ウェールズ病院で、医療者に感染が広がった。3月には、大きな集合住宅の淘大花園で、一つの棟を中心に300人を超える住民が感染した。排水の管の不具合で、ウイルスを含んだしぶきが建物の中を上下に広がったと考えられている。ハノイでは、WHO(世界保健機関の設立)の感染症の医師カルロ・ウルバニが、ホテルから来た患者を診て、これは新しい病気だと気づき、WHOに知らせた。WHOは3月12日に世界に警報を出し、3月15日には病名をSARS(重症急性呼吸器症候群)とした。ウルバニ自身も感染し、3月29日にバンコクで亡くなった。トロントでは院内感染が続き、44人が亡くなった。

原因の究明は異例の速さで進んだ。WHOは世界の研究所を結んで情報を共有させ、3月下旬には香港大学などのグループが、新しいコロナウイルスが原因であることを突きとめた。それまでコロナウイルスは、人にはふつうの風邪を起こす程度のものと考えられていた。

立法会議事堂
立法会議事堂Wikimedia Commons Wing1990hk · CC BY 3.0

北京では、4月になっても当局は患者はわずかだと言い続けていた。これに対し、軍の病院の元外科医で70歳を超えていた蒋彦永が、北京の軍の病院には公表よりはるかに多くの患者がいると告発し、アメリカの雑誌が報じた。4月20日、中国政府は患者の数を大幅に改め、衛生部長と北京市長が職を解かれた。北京では学校が閉じられ、郊外の小湯山に、1000床の専門の病院がおよそ1週間で建てられた。WHOは北京、香港、広東省、トロントなどへの不要な渡航を控えるよう勧告し、空港では体温の検査が始まった。

7月5日、WHOは、人から人への感染の連鎖が断ち切られたとして、封じ込めを宣言した。WHOのまとめでは、2002年11月からの8か月ほどで、29の国と地域で8096人が感染し、774人が亡くなった。感染した人のうち、およそ2割が医療に携わる人々だった。中国本土が5327人、香港が1755人、台湾が346人、カナダが251人、シンガポールが238人で、日本では確定した患者は出なかった。

香港の人口ピラミッド
香港の人口ピラミッドWikimedia Commons The Central Intelligence Agency . · Public domain

ウイルスはどこから来たのか。2003年5月、広東の野生動物の市場で売られていたハクビシンから、よく似たウイルスが見つかった。その後の研究で、もとの宿主はキクガシラコウモリと考えられるようになり、中国南部のコウモリから近い仲間のウイルスが次々に見つかった。市場で動物が人と接するところで、ウイルスが種の壁を越えたと考えられている。

2003年の流行が止まったのは、医療者の献身と隔離の徹底に加え、ウイルスの性質にもよっていた。SARSは、多くの場合、熱が出て具合が悪くなってから他の人にうつした。だから、症状の出た人を見つけて隔離すれば、連鎖を断つことができた。17年後の2019年末、中国の武漢(武漢の封鎖)で、SARSに似た肺炎が出ていると伝えられた。原因は同じ仲間のウイルスで、SARS-CoV-2と名づけられた。だがこちらは、症状が出る前や症状の軽い人からもうつった(COVID-19の世界的流行)。2003年に効いたやり方では、追いつけなかった。

SARSの経験は、その後の備えを変えた。2005年、WHOの国際保健規則が改められ、各国は新しい感染症の発生を速やかに報告することを求められた。この規則はのちの西アフリカのエボラ流行でも試されることになる。SARSで大きな犠牲を出した香港、台湾、シンガポールは、検疫や隔離、情報の公開の仕組みを整え、2020年の初めに素早く動いた。中国も、2003年のあと感染症の報告の仕組みを作り直したが、武漢の初期には、その仕組みは十分に働かなかった。

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