できごと

同性婚

The Netherlands legalises same-sex marriage
AD2001年4月1日
重要度 3
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概要

結婚は男と女がするものだという定めは、法律のどこにも書かれていないことが多かった。書く必要がないほど当たり前だったからである。オランダは1998年に登録パートナーシップを作り、次の段階として、結婚そのものを同性の二人にも開いた。2001年4月1日の午前零時すぎ、アムステルダムの市庁舎で四組が式を挙げた。世界で最初の同性婚である。その後二十年余りで、三十を超える国が続いた。家族とは誰のことかという問いに、法が新しい答えを出した。

場所

アムステルダム
52.37°N 4.90°E · オランダ

本文

多くの国の法律には、結婚は男と女のあいだのものだとは、はっきりとは書かれていなかった。書く必要がないほど当たり前のことだと考えられていたからである。それでも同性の二人が役所へ婚姻の届けを出しに行けば、受け付けてはもらえない。根拠を尋ねると、条文の「夫」と「妻」という言葉や、昔からの常識が持ち出された。

オランダは、この問いに段階を踏んで答えていった国である。ニューヨークでストーンウォールの反乱が起きた二年後の1971年、同性間の性行為についてだけ高く定められていた年齢の制限が廃止され、異性間と同じ扱いになった。1980年代には、性的指向による差別を禁じる動きが進み、1994年には平等な扱いを定める法律ができた。1990年には、同性の男性二人がアムステルダムの役所に婚姻届を出して拒まれ、裁判で争っている。訴えは退けられたが、結婚から締め出すことが差別にあたるのではないかという議論は、そこから議会へ持ち込まれた。

世界中の複婚の認否状況(2009年時点): 民法上で認められる 一部の地域の民法上で認められる 海外で行われた複婚が認められる 慣習法で認めている 検討中 認識されていないため、違法ではない 違法だが黙認 違法、憲法上で禁止される
世界中の複婚の認否状況(2009年時点): 民法上で認められる 一部の地域の民法上で認められる 海外で行われた複婚が認められる 慣習法で認めている 検討中 認識されていないため、違法ではない 違法だが黙認 違法、憲法上で禁止されるWikimedia Commons Zombieisland09 · Public domain

1998年、オランダは登録パートナーシップの制度を作った。結婚に近い権利と義務を与える別の制度で、同性の二人だけでなく、異性の二人も使えた。相続、年金、住まいの扱いなど、多くの点で夫婦と同じになった。しかし、違いは残った。親子の関係、とりわけ二人で子を育てる場合の法の扱いが、結婚とは同じでなかった。そして何より、名前が違うこと自体が、二つの関係に上下を付けているのではないか、という問題があった。

議会は、もう一つ別の制度を作るのではなく、結婚そのものを同性の二人にも開く道を選んだ。法律は2000年の暮れに議会を通り、翌年の4月1日から施行されることになった。

米国でキリスト教の牧師が司式した男性同士の結婚式
米国でキリスト教の牧師が司式した男性同士の結婚式Wikimedia Commons Stephanie Simmons · Public domain

2001年4月1日の午前零時を過ぎるとすぐ、アムステルダムの市庁舎で式が始まった。当時の市長ヨブ・コーエンが自ら立ち会い、男性どうし三組、女性どうし一組、あわせて四組が結婚した。世界で初めて、同性の二人が、異性の二人とまったく同じ「結婚」をした瞬間だった。同じ法改正で、同性の夫婦が養子を迎える道も開かれた。ただし当初は、国内の子に限るなどの制限が付いていた。

オランダのあと、ほかの国が続いた。2003年にベルギー、2005年にスペインとカナダ、翌年には南アフリカ。アメリカでは州ごとに認めるかどうかが分かれていたが、2015年、連邦最高裁が同性の二人の結婚を認めないことは憲法に反すると判断し、全州に広がった(オーバーゲフェル判決)。アジアでは2019年に台湾が最初に法律で認めた。その後二十年余りで、同性婚を認める国は三十を超えた。

子どもを持つ同性カップル
子どもを持つ同性カップルWikimedia Commons European Commission · CC BY 4.0

一方で、同性間の性行為そのものを罪とする法律が残る国も、いまなお六十か国ほどある。その多くは、かつての植民地時代に宗主国が持ち込んだ刑法を、独立後もそのまま引き継いでいる。とくにイギリスが各地の植民地に広めた条文の影響は大きい。押しつけた側の国々が先に法を改め、押しつけられた側に法が残る、という逆転が起きている。

日本では、同性婚はまだ法律で認められていない。2015年に東京の渋谷区と世田谷区が同性のカップルを公に認める「パートナーシップ」の制度を始め、その後多くの自治体に広がったが、法的な結婚とは別のものである。家制度を廃した戦後の民法(民法の改正と家制度の廃止)は夫婦を対等にしたが、夫婦が男女であることを前提にしていた。同性の二人の結婚を認めない規定が憲法に反するかどうかを問う裁判が、各地で起こされている。

結婚という制度は、歴史の中で何度も形を変えてきた。家と家とが財産や同盟のために結ぶ取り決めだった時代があった。教会が結婚を秘跡として扱い、その成立も解消も握っていた時代があった。近代になると、国が結婚を登録し、法の上の権利と義務を与えるものになった。離婚が認められ、夫婦の財産が平等になり、異なる人種どうしの結婚を禁じる法も各地で消えていった。

同性婚も、その長い変化の続きにある。誰を家族と呼ぶかは、自然に決まっているように見える。しかし実際には、その時代の社会が、そのつど決め直してきた。アムステルダムの市庁舎で真夜中に交わされた四組の誓いは、その決め直しを法の言葉で行った最初の例だった。

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