概要
日本国憲法は24条で、結婚は両性の合意のみに基づいて成り立ち、夫婦は同じ権利を持つこと、家族に関する法は個人の尊厳と両性の本質的平等に立って作られなければならないと定めた。これに合わせて、1947年12月22日、民法の家族と相続の部分が全面的に改められ、翌年の元日から施行された。家の長である戸主の権限と、長男がひとりで家を継ぐ家督相続は廃止され、子どもたちは等しく相続することになった。妻が重い取引に夫の許しを要する決まりも消えた。戸籍は、家ではなく夫婦と子どもを単位に作られることになった。
場所
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都
本文
明治の民法は、人を「家」の一員として扱った(明治民法と家制度)。家の長である戸主は、家族の結婚や養子縁組に同意を与え、住む場所を決める権限を持った。戸主の地位と家の財産は、原則として長男がひとりで受け継いだ。妻は夫の家に入り、財産を処分するような重い行いには夫の許しが要り、子に対する親権も原則として父のものだった。
1946年11月に公布された日本国憲法の24条は、婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により維持されなければならないと定めた。さらに、配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚、婚姻と家族に関するその他の事項について、法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならないとした。この条文の草案を書いたのは、占領軍の民政局で働いていた20代の女性、ベアテ・シロタ・ゴードンだった。
明治の民法の家族と相続の部分は、この憲法に真っ向から反していた。憲法の施行に間に合わせるため、まず応急の措置の法で、憲法に反する規定の効力を止め、そのうえで民法の改正の作業が進められた。保守的な議員からは、家制度をなくせば日本の美しい家族の道徳が崩れるという強い反対があった。
1947年12月22日、改正された民法が公布され、1948年1月1日に施行された。戸主の制度と家督相続は廃止された。相続は、配偶者と子どもたちの間で分けられ、子どもは男女や長幼の区別なく等しく相続することになった。妻が夫の許しを要する規定はなくなり、親権は父母が共同で行うものとされた。結婚の年齢は男18歳、女16歳とされ、成人すれば親の同意なしに結婚できるようになった。同じ日に戸籍法も改められ、戸籍は「家」ではなく、夫婦とその未婚の子を単位に作られることになった。
ただ、夫婦は夫か妻のどちらかの氏を名乗るという決まりは残り、実際にはほとんどの夫婦が夫の氏を選んだ。女性だけに再婚を禁じる期間が設けられ、結婚していない親から生まれた子の相続分は半分とされた。これらの規定は、その後の裁判や法の改正で一つずつ見直されていったが、夫婦の氏をめぐる議論は、いまも続いている。