できごと

ロヒンギャ危機

Rohingya crisis
AD2017年8月
重要度 4
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このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD2017年8月の版図を描いています(32勢力)。

概要

ミャンマー軍がラカイン州で村を焼き、70万人がバングラデシュに逃げた。国籍を持たない民。国連は「民族浄化の教科書的な例」と言い、国際司法裁判所に訴えられた。難民は帰っていない。

場所

コックスバザール
21.43°N 92.01°E · バングラデシュ

本文

ロヒンギャは、ミャンマーの西の端、ベンガル湾に面したラカイン州の北部に暮らしてきたイスラームの人々である。2017年より前には、国内に100万人ほどが住んでいたとされる。この地には15世紀から18世紀にかけてアラカン王国が栄え、ムスリムの人々も王に仕えていた。19世紀にイギリスがビルマを支配すると、同じイギリス領のベンガルから多くの人が働きに渡ってきた。ロヒンギャは何世紀も前からここに住んでいると言い、ミャンマーの政府と多数派の人々は、多くは植民地の時代以降に来た不法な移民で、「ベンガル人」だとみなしている。

ビルマの独立の後しばらくは、ロヒンギャにも国民としての身分を認める動きがあった。だが1962年に軍が権力を握ると、扱いは厳しくなっていく。1982年の国籍法は、国の民族を135に定めたが、ロヒンギャはその中に入れられず、大半が国籍を持たない人々になった。移動や結婚、教育、仕事に制限がかけられた。1978年と1991年から92年にかけて、軍の作戦を受けて、それぞれ20万人を超える人がバングラデシュへ逃れている。2012年には、仏教徒のラカイン人との激しい衝突が起き、14万人ほどが家を追われてキャンプに閉じ込められた。2015年には、粗末な船で海へ逃れたロヒンギャが、タイやマレーシアに上陸を拒まれ、アンダマン海を漂った。

ミャンマー内戦下のラカイン州・チン州周辺地図
ミャンマー内戦下のラカイン州・チン州周辺地図Wikimedia Commons Own work · CC0

2016年10月、アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)と名乗る武装集団が国境の警察の拠点を襲い、軍は掃討の作戦を始めた。2017年8月25日、ARSAは警察の拠点など30か所を一斉に襲った。軍はその日のうちに、ラカイン州北部で大規模な作戦に乗り出した。村は次々に焼かれ、人権団体は衛星の写真から、300近い村が全部または一部焼かれたことを確かめた。逃げてきた人々は、男たちが撃たれ、女たちが暴行を受け、家ごと焼かれたと口々に語った。トゥラトリの村では、川岸に追い詰められた村人が大勢殺されたと伝えられる。インディンの村で10人の男が殺された事件を取材していたロイター通信の記者2人は逮捕され、1年半近く獄につながれた。

人々は国境のナフ川を渡り、徒歩や小舟でバングラデシュのコックスバザールへ逃げた。数か月のうちに、その数は70万人を超えた。国連の人権高等弁務官ゼイド・ラアド・フセインは、これを「民族浄化の教科書的な例」と呼んだ。コックスバザールのクトゥパロンの一帯には、丘を削って竹とビニールの小屋がびっしりと建てられ、もとからいた難民と合わせて100万人ほどが暮らす、世界最大級の難民キャンプになった。雨季には地滑りや洪水が襲い、2021年3月の大火事では1万を超える小屋が焼けた。

2017年9月、マウンドーを巡回するミャンマー警察
2017年9月、マウンドーを巡回するミャンマー警察Wikimedia Commons Steve Sandford ( VOA ) · Public domain

国の指導者は、かつて軍政と闘ってノーベル平和賞を受けたアウンサンスーチーだった。父は独立の英雄アウンサンである。彼女は軍の行いをはっきり非難せず、事件をめぐる報道を「巨大な誤報の氷山」と呼んで、世界の失望を買った。軍の指揮権は憲法によって軍自身が握っており、文民の政府に止める力は乏しかったが、それでも沈黙は重く受け止められた。

2019年11月、西アフリカのガンビアが、ミャンマーはジェノサイド条約に違反したとして、国際司法裁判所に訴えた。12月、ハーグの法廷にアウンサンスーチー自身が立ち、軍に行き過ぎがあったとしても、民族を滅ぼす意図は無かったと弁明した。2020年1月、裁判所は、ミャンマーにロヒンギャを守る措置をとるよう命じた。国際刑事裁判所も、人々が国境の外へ追われたことを罪として捜査を始めた。

バングラデシュ、世界最大の難民キャンプであるクトゥパロン難民キャンプ、2016年
バングラデシュ、世界最大の難民キャンプであるクトゥパロン難民キャンプ、2016年Wikimedia Commons Maaz Hussain ( VOA ) · Public domain

2021年2月、軍はミャンマーのクーデターで政府を倒し、アウンサンスーチーは再び拘束された。ロヒンギャを追い出したのと同じ軍が、今度は国じゅうの市民に銃を向けた。2022年、アメリカ政府はミャンマー軍の行為をジェノサイドと認定した。一方、難民キャンプでは支援の資金が減り、2023年には一人あたりの月の食料の配給が12ドルから8ドルにまで削られた。

帰還の話し合いは何度も持たれたが、国籍も安全も保障されないまま帰ろうとする人はほとんどいない。ラカイン州ではその後、軍と少数民族の武装勢力の戦いが激しくなり、ロヒンギャはその間にも挟まれている。キャンプで生まれた子どもたちは、自分がどこの国の人でもないまま大きくなっている。

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