万国宗教会議
概要
1893年、コロンブスの到達400年を祝うシカゴの万国博覧会に合わせて、世界の宗教の代表を集める会議が開かれた。キリスト教とユダヤ教だけでなく、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教、イスラム、神道などの代表が、同じ壇上で自分たちの教えを語った。インドの若い僧ヴィヴェーカーナンダは「アメリカの姉妹、兄弟たちよ」と呼びかけて喝采を浴び、一躍名を知られた。日本からは臨済宗の釈宗演ら仏教の僧が加わった。釈宗演の縁で、のちに鈴木大拙が禅を西洋に紹介していく。東洋の宗教が、西洋の人々の前に、対等な教えとして現れた場だった。
場所
41.88°N -87.63°E · アメリカ・イリノイ州
本文
1893年のシカゴ万国博覧会は、コロンブスがアメリカに着いてから400年を祝う、白い宮殿の立ち並ぶ大博覧会だった。博覧会に合わせて、学問や女性の地位、労働などをテーマに、多くの会議が開かれた。その中で最も注目を集めたのが、9月11日から17日間開かれた万国宗教会議だった。
会議を企画したのは、アメリカのプロテスタントの牧師たちだった。キリスト教が最も優れた宗教であることを示そうという思いを持つ人も多かったが、それでも、世界の主な宗教の代表を招き、同じ壇上で語らせるというのは、初めての試みだった。ユダヤ教、カトリック、正教会、プロテスタントの諸派に加え、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教、ゾロアスター教、イスラム、神道、儒教の人々が招かれた。
初日、インドから来た30歳の僧ヴィヴェーカーナンダが、「アメリカの姉妹、兄弟たちよ」と語り始めると、会場の数千人が立ち上がって拍手を送り、しばらく鳴り止まなかった。彼は、すべての宗教は同じ一つの真理への異なる道だと説き、たちまち新聞にもてはやされた。会議のあと、彼はアメリカとイギリスを回ってヨーガとヴェーダーンタの哲学を広め、インドに戻ってからは、社会への奉仕を重んじるラーマクリシュナ・ミッションを作った。
日本からは、臨済宗の釈宗演、真言宗の土宜法龍らが参加した。明治のはじめの神仏分離と廃仏毀釈で打撃を受けた日本の仏教は、自分たちの教えが西洋の近代の知性にも通じることを示そうとしていた。釈宗演は、会議で知り合ったアメリカの出版人の求めに応じて、英語のできる弟子の鈴木大拙をアメリカに送った。大拙はそこで十年あまり働き、のちに禅を西洋に紹介する中心の人物になった。
会議は、東洋の宗教が、伝道の対象としてではなく、対等に語る相手として西洋の人々の前に現れた場だった。宗教どうしが対話するという考えは、20世紀に広がっていく。会議の100年後の1993年、同じシカゴで、二回目の万国宗教会議が開かれた。