概要
コレラや下痢の病で人が死ぬのは、体の水と塩が失われるからである。それまでの治療は、点滴で水を補うことだった。しかし点滴には、器具と清潔な液と、それを扱える人が要る。1960年代、ダッカとカルカッタの研究所で、塩とブドウ糖を決まった割合で水に溶かして飲ませれば、腸がそれを吸収することが確かめられた。1971年、バングラデシュの独立戦争の難民キャンプでコレラが広がったとき、医師ディリップ・マハラナビスはこれを大規模に使い、死者を大きく減らした。安く、誰でも作れるこの方法は、世界で数千万人の子どもの命を救ったとされる。
場所
23.81°N 90.41°E · バングラデシュ
本文
コレラにかかると、一日に十リットルを超える水のような下痢が出ることがある。菌そのものより、体の水と塩が失われて血が流れなくなることが、人を殺す。19世紀の末から、静脈に塩の水を点滴すれば助かることは分かっていた。しかし、点滴には清潔な液と針と、それを扱える医師や看護師が要る。コレラが流行する貧しい村に、それは無かった。子どもの下痢は、世界で毎年数百万人の命を奪っていた。
1960年代、腸の研究が進み、ブドウ糖があれば、腸はそれと一緒にナトリウムを取り込み、水もそれについて吸収されることが分かった。ダッカにあったアメリカの援助によるコレラの研究所と、カルカッタの研究所で、医師たちは、塩とブドウ糖を決まった割合で水に溶かした液を患者に飲ませ、点滴をほとんど使わずに回復させられることを確かめた。1968年のことである。
1971年、バングラデシュの独立の戦争で、千万人近い難民がインドの西ベンガルに逃れ、キャンプでコレラが広がった。点滴の液は足りなかった。医師ディリップ・マハラナビスは、塩とブドウ糖を大きな樽で溶かし、家族に患者へ飲ませるよう教えた。キャンプの死者の割合は、点滴だけに頼った場所よりはるかに低く抑えられた。
1978年、医学の雑誌『ランセット』は、この療法を「今世紀で最も重要な医学の進歩になるかもしれない」と書いた。WHOとユニセフは、塩とブドウ糖の粉の小さな袋を世界に配り、母親たちに、塩と砂糖と水で家でも作れる方法を広めた。子どもの下痢による死は、その後の数十年で大きく減った。機械も病院も要らない、ほとんどただの方法が、20世紀の医療で最も多くの命を救ったものの一つになった。