ニュージーランドの非核法
概要
1984年に首相になったデビッド・ロンギは、核兵器を積んでいるかを明かさない艦船の寄港を認めない方針をとった。アメリカは、核を積むかどうかを明かさないのが決まりである。1985年、アメリカの駆逐艦の寄港が断られ、アメリカは同盟の義務を止めた。1987年6月8日、ニュージーランドは国の全体を非核地帯とする法律を定める。同盟を失ってでも核の傘を拒んだ小国の選択として知られ、いまもこの国の外交の柱になっている。
場所
-41.29°N 174.78°E · ニュージーランド
本文
ニュージーランドは、1951年にアメリカとオーストラリアと太平洋の安全保障の条約(ANZUS)を結んでいた。一方、南太平洋では、イギリス、アメリカ、フランスが戦後、繰り返し核実験を行っていた(ビキニ環礁の核実験、ムルロアの核実験)。国内では核兵器に反対する運動が強く、1970年代には抗議の小舟が、港に入るアメリカの原子力艦を囲んだ。
1984年の選挙で勝った労働党のデビッド・ロンギは、核兵器を積んだ艦も、原子力で動く艦も港に入れないと決めた。アメリカ海軍は、どの艦が核兵器を積んでいるかを明かさない決まりを持っている。1985年2月、アメリカが寄港を求めた駆逐艦ブキャナンについて、ニュージーランド政府は核を積んでいないとは確かめられないとして、受け入れを断った。
1985年3月、ロンギはオックスフォード大学の討論会で、核兵器は守るものではなく滅ぼすものだと論じ、有名になった。アメリカは、ニュージーランドとの軍事の情報の共有や演習を止め、1986年には同盟の義務を停止すると告げた。1987年6月8日、議会は国の領土・領海・領空を非核地帯とする法律を定める。
その前の1985年7月、レインボー・ウォリアー号の爆破が起き、国民の核への反発はいっそう強まっていた。のちに政権は何度も変わったが、非核の方針を改めた政府は無い。アメリカとの関係は2010年代に修復が進んだが、法律はそのまま残り、ニュージーランドの外交の骨格の一つになっている。