概要
1985年7月10日の夜、ニュージーランドのオークランドの港で、環境団体グリーンピースの船レインボー・ウォリアー号が二つの爆弾で沈められ、写真家のフェルナンド・ペレイラが死んだ。船はフランスのムルロア環礁での核実験に抗議に向かうところだった。捕まった二人はフランスの情報機関の工作員で、フランス政府は初め関わりを否定したが、やがて国防相が辞任し、首相が国の仕業だったと認める。友好国の港で他国が起こしたテロとして、ニュージーランドの人々の怒りを買った。
場所
-36.85°N 174.76°E · ニュージーランド
本文
フランスは1966年から、南太平洋のフランス領ポリネシアで核実験を続けていた(ムルロアの核実験)。1985年、環境団体グリーンピースは、船レインボー・ウォリアー号を先頭に抗議の船団を組み、ムルロア環礁の近くへ向かおうとしていた。その前に、船はマーシャル諸島のロンゲラップ島の人々を、アメリカの核実験の放射能から逃れる移住のために運んでいた。
7月10日の夜、オークランドの港に停泊していた船の船体で、二つの爆弾が続けて爆発した。一度目の爆発のあと、写真家のフェルナンド・ペレイラは、カメラを取りに船室へ戻り、二度目の爆発で浸水した船内で溺れて死んだ。
ニュージーランドの警察は、観光客の夫婦を装っていた二人を二日後に捕らえた。フランスの対外情報機関の工作員だった。フランスは初め関わりを否定したが、新聞の報道が相次ぎ、9月には国防相シャルル・エルニュが辞任し、首相ローラン・ファビウスが、情報機関の仕業だったと認める。二人は殺人ではなく故殺の罪を認め、禁錮10年を言い渡された。
しかしフランスは、ニュージーランドの産物を締め出すと圧力をかけ、国連事務総長の仲裁で、二人は南太平洋のフランスの島へ移される。二人は三年たたないうちに本国へ帰った。小さな国が大きな国の国家によるテロに遭い、裁きを最後まで通せなかったことは、ニュージーランドの人々に苦い記憶として残った。沈んだ船体は、その後マタウリ湾の海に沈められ、魚の住む岩礁になっている。