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Event / できごと

ニクソン訪中

Nixon visits China
AD1972年2月21日
重要度 5

概要

反共の大統領が、国交のない国へ。空港で周恩来と握手した。ダレスが1954年に拒んだ握手。毛沢東と1時間。万里の長城。上海コミュニケ。「一つの中国」。ソ連への牽制。テレビ生中継。「世界を変えた週」。日本は頭越しに知らされた。

場所

北京
39.90°N 116.41°E · 中国

関わった人(4)

リチャード・ニクソンAD1913年1月9日–AD1994年4月22日 · 訪問毛沢東AD1893年12月26日–AD1976年9月9日 · 会った周恩来AD1898年3月5日–AD1976年1月8日 · 迎えたヘンリー・キッシンジャーAD1923年5月27日–AD2023年11月29日 · 仕組んだ

本文

1949年から。 「中国の喪失」。 「誰が、中国を、失ったか」。 「ニクソン。『赤狩り』」。 1967年。『フォーリン・アフェアーズ』。「アジアの後」。「中国を、永遠に、外に置くことはできない」。 1969年。「ソ連と中国が、ウスリー川で」。 「ソ連が、中国を核攻撃するかと、アメリカに聞いた」。 「ピンポン」。1971年4月。名古屋。荘則棟とコーワン。 「アメリカの卓球チームが、北京へ」。 1971年7月9日。キッシンジャー。パキスタン。「腹痛」。イスラマバードから北京へ。 「ポロ作戦」。 「周恩来。2日」。 7月15日。ニクソン。テレビ。「私は、中国を訪問する」。 「日本。『ニクソン・ショック』」。「佐藤は、3分前に知らされた」。 10月。中国が国連に。台湾が出た。 1972年2月21日。北京。 「11時30分」。 「タラップ」。 「周恩来」。 「ダレスは、1954年、ジュネーヴで、周の手を握らなかった」。 「ニクソンは、手を出して、歩いた」。 「握手」。 「毛沢東。中南海。『今日は、哲学の話を』。1時間」。 「『私は、右派が好きだ』」。 「上海」。「杭州」。 「上海コミュニケ」。2月27日。 「台湾海峡の両側のすべての中国人が、中国は一つで、台湾は中国の一部だと主張していることを、アメリカは認識する」。 「アクノレッジ」。 「認める、でなく、認識する」。 「その一語で、50年」。 「世界を変えた週」。 「テレビ。生中継。万里の長城。『偉大な壁だ』」。 「デタント」。 「5月、モスクワ。SALT」。 「ソ連は、中国を恐れて、アメリカと」。 「三角」。 1979年1月1日。国交。 「ニクソンは、その前に、辞任していた」。 「1976年、毛が死んだ」。 「ニクソンは、1976年2月、また北京へ。私人で」。 「1993年、最後」。 「『世界を変えた週』は、彼の言葉」。 「変わった」。 「田中角栄。1972年9月」。 「頭越し」。 「ニクソン訪中」。 「日本は、それを、いまも、言う」。

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