できごと

サローテ女王とロンドンの雨

Queen Sālote in the London rain
AD1953年6月2日
重要度 2
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概要

エリザベス2世の戴冠式のパレードは雨だった。各国の賓客が幌を閉じるなか、トンガの女王だけが開けたまま手を振りつづけた。トンガでは、雨に濡れることが敬意になる。

場所

ロンドン
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド

関わった人(1)

サローテ・トゥポウ3世AD1900年3月13日–AD1965年12月16日 · 参列

本文

エリザベス2世の戴冠式のパレードは、 雨だった。

各国の賓客は、馬車の幌を閉じた。

サローテ・トゥポウ3世の戴冠衣姿
サローテ・トゥポウ3世の戴冠衣姿Wikimedia Commons Tornquist · Public domain

トンガの女王サローテは、開けたままだった。

身長191センチ。

トンガの1パアンガ硬貨
トンガの1パアンガ硬貨Wikimedia Commons Tonga · Public domain

濡れながら、沿道に手を振りつづけた。

沿道の人が、それを見ていた。

幼年期のサローテ
幼年期のサローテWikimedia Commons Herman Schmidt / Adam Cuerden · Public domain

翌日の新聞に載り、一躍知られる存在になる。

同乗していた小柄な男性が誰か、と聞かれた 劇作家ノエル・カワードが 「彼女の昼食です」と答えたという話が広まった。

トンガの対独宣戦後、軍を視察するサローテ女王(1940年)
トンガの対独宣戦後、軍を視察するサローテ女王(1940年)Wikimedia Commons Unknown author Unknown author · CC BY 3.0

実際はマレーのスルタンで、 カワードは後にこの逸話を否定している。

女王がなぜ幌を開けたのか。

トンガでは、雨に濡れることが 相手への敬意を示す振る舞いになる。

47年トンガを治めた。

医療と教育を無償にし、乳児死亡率を大きく下げ、 100以上の歌を作った。

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