概要
建国から死まで首相を務めた。文化大革命のさなかも実務を回し、米中の接近を用意する。
関わったできごと(6)
長征AD1934年10月16日 · 同行西安事件AD1936年12月12日 · 交渉した中華人民共和国の成立AD1949年10月1日 · 初代首相バンドン会議AD1955年 · 中国側文化大革命1966年 · 行き過ぎを抑えようとしたニクソン訪中AD1972年2月21日 · 迎えた本文
建国から死まで、27年間首相を務めた。
日本とフランスに留学している。
黄埔軍官学校の政治部主任として、 蒋介石の下で働いた時期がある。
長征に参加し、西安事件で交渉にあたった。
外交を担当した。
バンドン会議で、 共産主義への警戒を解くために 平和五原則を前面に出した。
ニクソン訪中を用意したのも、この人になる。
文化大革命のさなか、実務を回し続けた。
多くの幹部を守ったとされる一方、 毛沢東に逆らわなかったことへの批判もある。
その両面が、評価を難しくしている。
死んだとき、 公式の追悼が抑えられた。
それに対する市民の抗議が、 第一次天安門事件になる。