← 地図で見る
Event / できごと

太宰治『人間失格』

No Longer Human
AD1948年7月
重要度 3
ソビエト連邦大英帝国中国モンゴルManchuriaチベットビルマタイ日本ラオスフィリピンカンボジア朝鮮(ソ連軍政)安南Tonkin朝鮮(アメリカ軍政)コーチシナAD1948年7月東京
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1948年7月の版図を描いています(17勢力)。

概要

人の中でうまく生きられない男が、自分の半生を三つの手記に書き残す。太宰治はこれを雑誌『展望』に連載している最中の1948年6月、玉川上水に身を投げて死んだ。単行本はその翌月に筑摩書房から出た。戦後の日本でもっとも長く読まれ続けている小説の一つになる。

場所

東京
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都

関わった人(1)

太宰治AD1909年6月19日–AD1948年6月13日 · 作者

本文

『人間失格』は、ある男が残した三冊の手記を、「私」が読者に紹介するという形をとる。男の名は大庭葉蔵。子どものころから人の心がわからず、それを道化を演じてごまかしてきた。東京に出て、酒と女と左翼の活動に流され、心中に失敗し、薬に溺れ、最後は精神病院に入れられる。

1948年の春、太宰治は熱海や大宮に移ってこれを書き上げた。38歳だった。前の年に出した『斜陽』で流行作家になっていたが、結核が進み、酒量も増えていた。雑誌『展望』で連載が始まったのは6月号からで、その月の13日、太宰は愛人の山崎富栄とともに玉川上水に入水した。遺体が見つかったのは19日、39歳の誕生日だった。連載は8月号で終わり、単行本は7月に筑摩書房から出た。

作者の死と重なったことで、この小説は太宰自身の遺書のように読まれてきた。葉蔵の生い立ちには、津軽の大地主の家に生まれた太宰の経歴が重なる。ただし、手記の前後に「私」の語りを置いて距離をとっているように、すべてを作者の告白と読むのは単純すぎる、という読み方もある。

人とうまくやれない、という悩みは時代を選ばない。『人間失格』は戦後の日本で長く文庫の売上の上位にあり、新しい世代の読者を得続けている。

動画(1)

【人間失格①】太宰治の最高傑作中田敦彦のYouTube大学 - NAKATA UNIVERSITY『人間失格』を読む回の第1回

同じ時代のできごと

張作霖爆殺事件AD1928年6月4日不戦条約AD1928年8月27日ムスリム同胞団の結成1928年3月ペニシリンの発見AD1928年9月28日トルコの文字改革AD1928年11月1日ラマン効果の発見AD1928年2月28日デシベルAD1928年人見絹枝の銀メダルAD1928年8月2日
この項目は誰でも直せます。編集する編集履歴
AD1948年の世界を地図で見る国境・できごと・生きている人が、その年のものに入れ替わります
20世紀以降のできごと一覧 →人物一覧 →
歴史データベースとは? →