概要
ニューヨーク州の農家の青年ジョセフ・スミスは、天使に導かれて丘に埋まった金の板を見つけ、そこに古代のアメリカの民の歴史が刻まれていたと語った。彼がそれを訳したとする『モルモン書』は1830年3月に出版され、翌月6日、スミスは6人で教会を作った。新しい預言者を戴く教えは周囲の反発を買い、信徒はオハイオ、ミズーリ、イリノイと追われ、スミスは1844年に暴徒に殺された。ブリガム・ヤングに率いられた信徒は、西の荒野を越えてソルトレークの盆地に移り住んだ。一夫多妻をやめたのは1890年で、ユタはその後に州になった。
場所
42.81°N -76.80°E · アメリカ・ニューヨーク州セネカ郡
本文
19世紀のはじめ、ニューヨーク州の西部は、信仰の復興の集会が何度も燃え上がった土地で、「焼き尽くされた地区」と呼ばれた。さまざまな教派が信徒を奪い合い、新しい教えが次々に生まれた。
ジョセフ・スミスは、貧しい農家の息子だった。のちの彼の語りによれば、少年のころ、どの教会に加わるべきかを祈っていたとき、神とイエスが現れ、どの教会にも加わるなと告げた。1823年には、天使モロナイが現れ、近くの丘に、古代のアメリカの民の記録を刻んだ金の板が埋められていると教えた。1827年、スミスはその板を掘り出し、神から与えられた道具を使って訳したとされる。
1830年3月、その訳とされる『モルモン書』が出版された。古代にイスラエルからアメリカ大陸に渡った民の歴史と、復活したイエスがアメリカに現れたことを語る書物である。4月6日、スミスは、ニューヨーク州フェイエットの農家で、自分を含む6人を創立の会員として教会を作った。のちの末日聖徒イエス・キリスト教会である。
教会は急速に信徒を増やしたが、行く先々で反発を受けた。新しい預言者を戴く教え、信徒が固まって住み、選挙でまとまって票を投じること、のちには一夫多妻が、周囲の住民の敵意を招いた。信徒はオハイオ、ミズーリへと移り、ミズーリでは州知事が信徒の追放を命じた。イリノイ州ノーブーに大きな町を築いたが、1844年、スミスは投獄されていた監獄を襲った暴徒に撃ち殺された。
後を継いだブリガム・ヤングは、合衆国の外に安住の地を求め、1846年から信徒を率いて西へ向かった。1847年7月、一行はロッキー山脈を越え、ソルトレークの乾いた盆地に着いた。信徒たちは用水路を引いて砂漠を耕し、町を築いた。この地はまもなく合衆国の領土になり、一夫多妻をめぐって連邦政府と長く争ったが、教会は1890年に一夫多妻をやめると宣言し、ユタは1896年に州になった。教会はいまでは世界に一千数百万人の信徒がいるとしている。