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Event / できごと

ミシュランガイドの創刊

Michelin Guide
AD1900年
重要度 3
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このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1900年の版図を描いています(25勢力)。

概要

1900年、フランスのタイヤの会社ミシュランの兄弟は、自動車に乗る人のために、ガソリンの買える店、修理の工場、泊まれる宿、食事のできる店を載せた小さな案内の本を作り、無料で配った。車で遠くへ出かける人が増えれば、タイヤが減り、売れるからである。当時フランスの車は三千台ほどしかなかった。1920年代から有料になり、1926年に料理のうまい店に星を付けはじめ、1931年に一つから三つ星の形が整う。三つ星は「そのために旅行する価値がある」店とされた。タイヤの販売の工夫が、世界の料理人の評価を左右する本になった。

場所

パリ
48.86°N 2.35°E · フランス

本文

アンドレとエドゥアールのミシュラン兄弟は、1889年、フランス中部のクレルモン=フェランで、ゴムの会社を継いだ。自転車の空気入りのタイヤを、道具無しで外して修理できるように改良し、自動車のタイヤにも手を広げた。

1900年、フランスを走る自動車は三千台ほどだった。道は悪く、タイヤはすぐにパンクした。兄弟は、車で旅をする人のために、赤い表紙の小さな本を作る。ガソリンを売る店、修理をしてくれる工場、泊まれる宿、食事のできる店、そしてタイヤの替え方が載っていた。3万5千部が刷られ、無料で配られた。車に乗る人が増えて遠くまで走れば、タイヤが減り、売れる。

1920年、兄弟はガイドを有料にした。修理工場で、ガイドが作業台の脚の下に敷かれているのを見たアンドレが、ただで配る物は大事にされないと考えたとも伝えられる。1926年、料理のうまい店に星を一つ付けるようになり、1931年、一つ星から三つ星までの形が整った。三つ星は「そのために旅をする価値がある」、二つ星は「遠回りしてでも訪れる価値がある」店とされる。調査員は身分を隠して客として食事をし、代金を自分で払う。

ガイドは、フランスの外へも広がった。2007年には東京版が出て、パリを超える数の星が付けられた。星を得ること、あるいは失うことは、料理人の人生を変えるほどの重みを持つようになった。2003年には、星を失うと噂された三つ星の料理人が自ら命を絶ち、評価の重圧が議論を呼んでいる。

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