← 地図で見る
Event / できごと

ヘブライ語の復活

The revival of Hebrew
AD1881年
重要度 5
イギリス領インド帝国アラビアエジプトペルシアスウェーデン=ノルウェーソコト帝国オーストリア=ハンガリー帝国フランスアフガニスタンスペイングレートブリテン及びアイルランド連合王国Algeria (FR)モロッコイタリアトゥクロール帝国Kanem-Bornuルーマニアワダイ王国コング帝国ブルガリアブハラ・ハン国モシ諸王国ギリシャボルグ諸国Harer (Egypt)デンディ王国オマーンRabih az-Zubayr中央アジアの諸ハン国デンマークセルビアボスニア・ヘルツェゴビナAD1881年エルサレム
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1881年の版図を描いています(32勢力)

概要

典礼と学問には使われ続けたが、日常の話し言葉としては千数百年、誰も使っていなかった。エリエゼル・ベン・イェフダーは、パレスチナへ移り、家庭で息子にヘブライ語だけで話しかけた。近代の生活に必要な語が無い。彼は古い文献から掘り出し、アラビア語の語根から作り、辞書を編んだ。息子イタマルは、数年間、話し相手が父しかいなかった。学校での教授が広がり、二世代で話者が生まれる。死んだ言語が日常語に戻った、唯一の例である。

場所

エルサレム
31.77°N 35.21°E · イスラエル/パレスチナ

関わった人(1)

エリエゼル・ベン・イェフダーAD1858年1月7日–AD1922年12月16日 · 始めた

本文

**状態**。

(——**ヘブライ語は、**死んでいなかった**。

〈**——**しかし、**日常の話し言葉としては、使われていなかった**。

**——**紀元後2世紀頃**から、**アラム語**に、置き換えられた**、とされる**。

**——**そして、**その後、千数百年**。〉

**残っていた場所**。

〈**(1)**祈り**と、**聖書の朗読**。

**(2)**学問**——**タルムードの研究**。

**〈——ただし、タルムードの大部分は、**アラム語**である。〉**

**(3)**そして、**離れた土地のユダヤ人同士の、共通語**。

**〈——イディッシュ語を話す東欧のユダヤ人と、**

**ラディーノ語を話すセファルディムと、**

**アラビア語を話すミズラヒムが、**

**——手紙を書くときに、**ヘブライ語を使った**。〉**

**(4)そして、**文学**。

**〈——19世紀、**ハスカーラー(ユダヤ啓蒙運動)**が、**

**——ヘブライ語で、**近代的な文章を、書き始めていた**。〉〉**

**——**つまり、**「読み書きの言語としては、生きていた」**。

**——**そして、**誰も、それで、家族と話さなかった**。〉)

**ベン・イェフダー**。

(**エリエゼル・イツハク・ペレルマン**(1858〜1922年)。

〈**——**リトアニア、ルジキ**の生まれ**。

**——**ハシディズムの家庭**。

**——**そして、**イェシーバー**(タルムードの学院)へ**。

**——**そこで、**世俗の書を読んで、追い出された**。〉

**そして、**1877年から78年、**露土戦争**。

〈**——**ブルガリアが、**オスマン帝国から、独立した**。

**——**彼は、それを、新聞で読んだ**。

**——**「小さな民族が、**自分の土地と、自分の言葉を、取り戻した」**。

**——**「では、われわれも」**。〉

**1879年、**最初の論文**。

〈**——**『シャハル』誌に、**「重大な問題」**。

**——**「ユダヤ人が、民族として生き延びるには、**土地と、言語**が要る」**。

**——**そして、その言語は、**ヘブライ語でなければならない**。

**〈——イディッシュ語では、駄目である。**

**——「それは、離散の言語である」。〉**〉

**1881年、**妻デボラとともに、**エルサレムへ**。

〈**——**そして、**船の上で、**決めた**、とされる**。

**「これから、**われわれは、ヘブライ語だけで、話す」**。〉)

**家庭**。

(——**1882年、**長男**ベン・ツィオン**(後のイタマル・ベン=アヴィ)**が、生まれた**。

〈**——**そして、**父は、**その子に、**ヘブライ語以外を、聞かせなかった**。

**——**家に、他の言語を話す客が来ると、**追い返した**、とも伝えられる**。

**——**乳母を、雇わなかった**。

**〈——他の言語を話すから。〉**〉

**——**そして、**問題**。

〈**——**近代の生活の語が、**無い**。

**「人形」。「アイスクリーム」。「自転車」。「新聞」。「軍隊」。「銀行」。「辞書」。**

**——**聖書の時代に、**無かったもの**である**。〉

**——**彼は、**作った**。

〈**方法**。

**(1)**聖書と、ミシュナと、中世の文献から、**忘れられた語を、掘り出す**。

**(2)**既存の語根から、**新しい語を、派生させる**。

**〈——ヘブライ語は、**三子音の語根**から、**規則的に、語を作れる**。**

**——それが、極めて、有利だった。〉**

**(3)**アラビア語**から、借りる。

**〈——同じセム語族である。**

**——語根が、しばしば、対応する。〉**

**(4)そして、**外来語**。〉

**——**そして、**彼が作った語**。

〈**「ミロン」**(辞書)、**「イトン」**(新聞)、**「グリダ」**(アイスクリーム)、**「オフナイム」**(自転車)、**「ハイル」**(軍)、**「マハシェヴ」**(——これは後年、計算機の意で定着)。

**——**推定で、**数百語**が、彼に帰される**。

**〈——ただし、彼一人ではない。**

**——後の**ヘブライ語アカデミー**と、**そして、話者そのものが、作った**。〉〉**

**——**そして、**イタマル**。

〈**——**数年間、**話し相手が、父しかいなかった**。

**——**そして、**四歳まで、ほとんど話さなかった**、と伝えられる**。

**〈——母が、心配して、**こっそりロシア語の子守唄を歌った**ところを、**

**——父が、見つけて、激怒した、という話がある。**

**——そして、その直後に、**息子が、初めて、ヘブライ語で、話した**、と。**

**〈この逸話は、**イタマル自身の回想**による。**

**——脚色を、含みうる。〉〉**

**——**彼が、**約千八百年ぶりの、ヘブライ語の母語話者**である**。〉)

**広げる**。

(**(1)**新聞**。

〈**——**『ハツヴィ』**(1884年から)。

**——**そこで、**新しい語を、使ってみせた**。

**——**そして、**読者が、それを、覚えた**。〉

**(2)**学校**。

〈**——**そして、**これが、**決定的である**。

**——**1880年代から、**パレスチナの学校で、**ヘブライ語で、教える**試みが、始まった**。

**〈——最初は、聖書の授業だけ。**

**——そして、**すべての科目**へ。〉**

**——**1913年、**「言語戦争」**。

**〈——ハイファの工科大学(テクニオン)で、**

**——理系の科目を、**ドイツ語で教えるか、ヘブライ語で教えるか**、が、争われた。**

**——「ヘブライ語には、技術の語彙が無い」というのが、ドイツ語派の主張である。**

**——学生と教師が、ストライキをした。**

**——そしてヘブライ語派が、勝った。〉**〉

**(3)そして、**移民**。

〈**——**第二次アリヤー**(1904〜14年)の若者たちが、**イデオロギーとして、ヘブライ語を、採用した**。

**——**「イディッシュ語を、捨てる」**。

**〈——そして、これは、**暴力的な面を、持っていた**。**

**——イディッシュ語の劇場が、襲われた記録がある。**

**——「言語の防衛団」。〉**〉)

**批判**。

(——**反対も、強かった**。

〈**(1)**正統派の一部**。

**——**「レショーン・ハコーデシュ**(聖なる言語)**を、**市場と便所の言葉にするのか」**。

**〈——エルサレムの一部の共同体が、**ベン・イェフダーを、破門した**。**

**——そして、彼を、オスマン当局に、**扇動の罪で、告発した**。**

**——1893年、彼は、**投獄された**(数週間)。〉**

**——**そして、**いまも、**一部の超正統派は、**日常にイディッシュ語を使い、ヘブライ語を祈りに限る**。〉

**(2)そして、**失われたもの**。

〈**——**イディッシュ語**。

**——**ラディーノ語**。

**——**ユダヤ・アラビア語**。

**——**これらが、**イスラエルで、急速に、衰えた**。

**〈——ホロコーストで、**イディッシュ語の話者の大部分が、殺された**ことが、**

**——最大の原因である。**

**——そして、イスラエルでの言語政策も、その一因である。**

**——近年、**再評価と、復興の運動がある**。〉〉**)

**そして**。

(——**現在、**ヘブライ語を、日常語として使う人**——**約900万人**。

〈**——**そのうち、**母語話者が、約500万人以上**。〉

**——**そして、**言語学者たちは、こう指摘する**。

〈**——**現代ヘブライ語は、**古代ヘブライ語と、同じものではない**。

**——**発音、統語、そして語彙**に、**ヨーロッパの言語(特にイディッシュ語とスラヴ語)の影響**が、深く入っている**。

**〈——ギラード・ツッカーマンは、**「イスラエル語」**と呼ぶべきだ、と主張している。**

**——「セム語とインド・ヨーロッパ語の、混成である」。**

**——議論が、ある。〉**〉

**——**それでも**。

**日常の話し言葉として死んだ言語が、日常の話し言葉に戻った例**は、**これ、一つである**。

〈**——**アイルランド語、ウェールズ語、マオリ語、ハワイ語、そしてアイヌ語**。

**——**いずれも、**復興の努力が、続いている**。

**——**そして、**ヘブライ語ほどには、成功していない**。

**〈——理由。**

**——ヘブライ語には、**「他に共通語が無い」**という条件があった。**

**——世界中から集まった移民が、**互いに、通じなかった**。**

**——そして、**国家が、それを、全面的に、支えた**。〉〉**)

同じ時代のできごと

農奴解放令AD1861年3月3日南北戦争1861年イタリア統一AD1861年白鳥の首フラスコAD1861年生麦事件1862年9月14日(文久2年8月21日)グリーンバックAD1862年2月25日和宮降嫁AD1862年3月11日(文久2年2月11日)文久の改革AD1862年(文久2年)
AD1881年の世界を地図で見る国境・できごと・生きている人が、その年のものに入れ替わります