← 地図で見る
Event / できごと

名神高速道路の開通

Meishin Expressway
AD1963年7月16日
重要度 3
ソビエト連邦中国インドモンゴルチベットビルマ大英帝国タイ日本ベトナムラオスフィリピンカンボジア朝鮮民主主義人民共和国大韓民国AD1963年7月16日栗東
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1963年7月16日の版図を描いています(15勢力)。

概要

1956年、日本の道路を調べに来た世界銀行の調査団は、報告書の冒頭に、日本の道路は信じがたいほど悪いと書いた。国道でさえ多くが舗装されていなかった。日本は世界銀行から資金を借りて、初めての高速道路の建設に取りかかった。1963年7月16日、兵庫県の尼崎と滋賀県の栗東の間の71キロが開通し、1965年に名古屋と西宮がつながった。1969年には東名高速道路も全線が開通し、東京から神戸までが一本の高速道路で結ばれた。高速道路は、トラックによる物の運び方を変え、マイカーの時代を後押しした。

場所

栗東
35.02°N 136.00°E · 日本・滋賀県栗東市

本文

戦後の日本の道路は、ひどいものだった。1950年代のはじめ、国道でさえ舗装されているのは一部で、雨が降ればぬかるみ、晴れれば土ぼこりが舞った。東京と大阪の間の東海道も、トラックがやっとすれ違えるほどの道が多かった。物を運ぶのは、もっぱら鉄道と船だった。

1956年、建設省の招きで、アメリカの経済学者ラルフ・ワトキンスを団長とする調査団が来日した。調査団の報告書は、冒頭で「日本の道路は信じがたい程に悪い。工業国にしてこれ程完全にその道路網を無視してきた国は、日本の他にない」と書いた。この報告は、日本の高速道路づくりを後押しした。同じ年、道路を有料にして建設の費用を返していく日本道路公団が作られた。

最初の高速道路には、名古屋と神戸を結ぶ名神高速道路が選ばれた。建設の費用の一部は、世界銀行からの借金でまかなわれ、ドイツのアウトバーンの技術者が助言した。1963年7月16日、兵庫県尼崎市と滋賀県栗東町の間の71キロが、日本で最初の高速道路として開通した。1965年7月には、小牧と西宮の間の全線が開通した。

続いて東京と名古屋を結ぶ東名高速道路が造られ、1969年5月26日に全線が開通した。これで、東京から神戸までの536キロが、一本の高速道路で結ばれた。東海道新幹線の開業(東海道新幹線)から5年後のことだった。

高速道路は、日本の物の運び方を変えた。トラックが工場から店の倉庫へ、昼夜を問わず荷物を運ぶようになり、鉄道の貨物は減っていった。高速道路の出入口のそばには工場と流通の拠点が集まった。マイカーで遠くへ出かける人も増えた。一方で、渋滞と排気ガス、騒音、交通事故が増え、1970年には交通事故で死ぬ人が年に1万6千人を超えた。高速道路の網はその後も全国に延び、いまでは1万キロ近くになっている。

同じ時代のできごと

アクアラングの発明AD1943年デンマークのユダヤ人の救出1943年10月クルスクの戦いAD1943年7月5日源泉徴収AD1943年ワルシャワ・ゲットー蜂起AD1943年4月19日学徒出陣AD1943年10月21日大東亜会議AD1943年11月5日人工腎臓AD1943年
この項目は誰でも直せます。編集する編集履歴
AD1963年の世界を地図で見る国境・できごと・生きている人が、その年のものに入れ替わります
20世紀以降のできごと一覧 →人物一覧 →
歴史データベースとは? →