概要
株価の大暴落のあとも、ニューヨークの高さ比べの競争は止まらなかった。1931年5月1日、百二階建てのビルが、着工からわずか四百日あまりで完成する。鉄骨は工場で切られて運び込まれ、一週間に四階を超える速さで積み上がった。だが不況で借り手がつかず、空っぽの帝国ビルと揶揄された。それでも四十年近く世界一の高さを保ち、映画の中で大猿がよじ登る。大恐慌の時代に、都市の夢の象徴として立ち続けた。
場所
ニューヨーク
40.71°N -74.01°E · アメリカ合衆国
40.71°N -74.01°E · アメリカ合衆国
本文
止まらない高さ比べ。
株価の大暴落のあとも。
(1)ニューヨークの高さ比べの競争は止まらなかった。
(2)そして、1931年5月1日、百二階建てのビルが完成した。
(3)さらに、着工からわずか四百日あまりである。
一週間に四階。
鉄骨は、工場で切られて運び込まれた。
(1)一週間に四階を超える速さで積み上がった。
(2)そして、高い鉄骨の上で働く職人の写真が、時代の象徴になった。
空っぽの帝国。
だが、世界恐慌で借り手がつかなかった。
(1)「空っぽの帝国ビル」と揶揄された。
(2)そして、それでも四十年近く、世界一の高さを保った。
(3)さらに、映画の中で、大猿がよじ登った。
残ること。
大恐慌の時代に、都市の夢の象徴として立ち続けた。
最初の摩天楼から半世紀足らずで、高さは十倍を超えた。